祟り神

 僕は山中にいた。くだんの、被害者が強引に推し進めていた開発事業の現場である。開発現場の現状の視察を兼ねて近隣住民に聞き込みをするためだ。

 ちなみに出向いたのが何故僕一人かと言うと、特怪の責任者である霧雨篠はデスクから動けず、カゲリはというと日中活動をしないらしい。夜行性の動物か、とツッコミを入れたくなったが、フードの隙間から微かに覗く顔は青白かったから、あながち間違いではないのかもしれない。

 しかし、刑事は基本二人一組で活動するものではなかっただろうか。霧雨篠に疑問をぶつけたところで、人手不足が深刻だから、と切り返されて終わりだろう。新人かつ出向中の僕は大人しく彼女の言う通りに動くしかないのだ。

 さて、と辺りをぐるりと見渡す。責任者がいなくなった計画は一時凍結。反対派の岡副が計画を引き継ぐとは考えられないので、開発は永久に凍結されるだろう。中途半端に切り開かれた山の中には重機が放置され、点在していた。その様は抜け殻、或いは墓。

 聞き齧った話によると、切り拓いた土地は産業廃棄場にする予定だったらしい。都心部と比べて利便性が劣るとはいえ、住んでいる人間は少なくない。近隣住民からは健康被害を憂慮する声が上がった。大和社長は住民に向けた説明会を開き、埋め立てる廃棄物の安全性を説いたそうだが、その際に用いたデータは信憑性に欠けており、デタラメではないかと疑惑が持ち上がった。更には、何軒かに土地を使うからと一方的に立ち退きを要求していたという。これは怨まれない方がおかしいくらいだ。

「地元の水は綺麗でね、清流釣りのスポットでもあったんですよ。綺麗な水でしか見れない魚なんかもいてね、それが廃棄物で汚染されるかもしれないんですよ。たまったものじゃない。そうだ、川沿いには毎年梅も咲いていたな。ほとんど切り倒されてしまいましたが」

 岡副が自嘲気味に呟いていたことを思い出す。

「それだけ反対されても開発しようとするなんて、ワンマン社長の考えは解らないや」

 やるせない思いを抱きながら、独りごちる。その時だった。

「よそ者は出ていけー!」

「うわっ!?」

 怒声と共に投げつけられたものを反射的に躱す。避けた先の地面に、拳大の石がコロンと転がった。直撃していたら――僕の肝はゾッと冷えた。

「危ないじゃないですか! 何するんですか!?」

 石が飛んできた方角を振り向くと、お爺さんが一人、肩を怒らせながら立っていた。地元の人間だろうか、農作業中と思わしきラフな格好だ。老人は怒り心頭といった様子で、唾を吐き散らしながら喚いた。

「わしらはこの土地を譲るつもりはない! 早く出ていけ! どかないなら、力づくで追い払うまでよ!」

 怒りがヒートアップした老人は腰に差した鎌を振り回そうとするものだから、僕は慌てて止めた。

「や、やめてください! 僕は警察官です! 鎌を下ろさないと公務執行妨害で逮捕しますよ!」

 間合いに入らぬよう注意しながら僕が警察手帳を見せると、老人はようやく勘違いに気づいたようだった。沸騰した熱がみるみる冷めてゆく。

「なんだ、アンタあの会社のモンじゃないんか。そりゃすまんことをした」

「違います! 事件の捜査のために訪れました」

「ああ、それはご苦労なこって。だが警察に解決できるかね? これは祟りだよ、祟り。バチが当たっちまったんだ」

 老人は忌々しげに吐き捨てる。やはり、地元住民の認識も岡副と同じらしい。

「あの……」僕は老人を刺激しないようおずおず、尋ねる。「祟られたと仰いますが、被害者は――大和社長は具体的に何をされたんですか? 土地を切り拓いただけで祟られるものなんでしょうか」

「ああ!? そりゃあ決まってるがね!」

 老人は尖った目でこちらを睨む。また鎌を振り回されるのではないかとヒヤヒヤした。

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