閑話
大和建設をカゲリと訪ねた翌日。
「ヤッホー御子柴ちゃん、進捗どや?」
僕が自販機の前で缶コーヒーを一服していると、フランクな声と共に肩を叩かれた。振り返らずとも判る、この飄々とした掴みどころのない声は、神崎先輩のものだ。
案の定、振り返るとそこには右手に缶コーヒー、左手はだらしなくポケットに突っ込んだ神崎先輩が立っていた。
「進捗って……神崎先輩達だって、捜査を進めているでしょう」
というか、そのために僕も含めて所轄の署員は本庁に詰めているはずだ。だからこうしてばったり会うことだってある。神崎先輩らがどの方面から事件に当たっているかは共有されていないが、事件を解決したいのは捜査本部共通の認識ではないのか?
「んー、実はな、
「え!?」
それは初耳だった。確かに鑑識の米守さんも事故の可能性を探るとは言っていたけれども、まだ結論は出ていないではないか。あまりに呆気ない幕切れに、僕は愕然としてしまう。
「そんな……先輩はいいんですか、それで?」
「最初は躍起になっとった上の連中も、変なスキャンダル掘り返される前に事故として片しといて風化させたいんやろ。それに今回の事件、たぶん
神崎先輩はあっさりと言い放った。ということは、彼は特怪と――この世ならざる超常のモノを認めているのだろうか?
「神崎先輩は、その……特怪のこと、ご存じなんですか」
おずおず訊ねると、これまたあっさりと返された。
「知っとるよ。っちゅーか、本庁と合同で組んでて特怪のこと知らへんの、御子柴ちゃんみたいなピッカピカの刑事一年生だけちゃう?」
「そ、そんなに有名なんですか」
「悪い方面で、な」先輩はニヤリ、と意味ありげに笑った。「特怪が陰陽師――民間人の協力者を得てることも周知の事実や」
ギクリと身体が強張る。陰陽師、即ちカゲリのことだ。でも、それならば。
「じゃ、じゃあ何で班長達はお咎めなしなんですか!?」
「だから煙たがられとるし、同時に頼られとるんやろ。普通の警察には、超常現象を解決する力は無いんやから」
悔しいけれど、確かにその通りだ。だから、事件を解明するには民間の専門家に頼るしかない。頼るべき専門家がカゲリという見るからに怪しい陰陽師だっただけで。
「霧雨篠いう女がどういう人間で、どういう意図で特怪を組織して
声を潜めて小指を立てる先輩。つまり、愛人関係ということだ。霧雨篠に限ってまさか……とは思うものの、彼女が得体の知れない存在であることも確かだ。肯定も否定もできない。
「それにしても神崎先輩、やけに事情に詳しいですね」
アンニュイな先輩刑事が情報通だったとは、意外な発見だ。
「そーか? 噂だけは嫌でもよお耳に入ってきよるからな。ま、ボクも京都からこっち戻ってきたばかりやし、詳しいことは知らへんのやけど……霧雨篠はともかく、カゲリには気をつけろよ」
おちゃらけていた声のトーンが一転、低くなる。今まで聞いたことのない真剣味を帯びた声音に、僕は思わず身を硬くする。
「陰陽師を名乗っちゃいるが、アレは人間じゃない。もっとおぞましい、バケモノに近い何かや。うっかり気ィ許して、喰われんようにな」
神崎先輩の瞳の奥に燻る感情が垣間見えて、僕はギョッと息を呑んだ。それは憎悪。先輩は、カゲリを酷く憎んでいる。でも、どうして――?
有無を言わさぬ強い口調に僕は、頷くことすらできなかった。
「なーんて、脅かしすぎたやろか。カワイイ後輩が変な部署に飛ばされてボクも心配やねん。堪忍したってや」
一瞬だけ凄んでみせた先輩だが、次にはいつも通りのヘラヘラとした笑みを浮かべていた。カゲリや霧雨篠だけでなく、神崎先輩も謎が多い人物だと実感せざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます