「はー、全部メモっとんの。マメやねぇ、御子柴ちゃんは」

 隣で大きな欠伸をしていた同じく御崎署の神崎カンザキ先輩が、僕のメモ帳を覗き込みながら気怠げに言った。僕が小声で「捜査会議中ですよ」と咎めるも、

「あー、いいのいいの」批難もどこ吹く風、先輩はロクに取り合ってくれない。「本庁の連中もえらく張り切っとるみたいやし、管轄や言うても、どうせボクら所轄の出番はないでしょ。事件解決したるー、って頑張ったところで、手柄はぜーんぶあちらさんに横取りされるのがオチやろ」

「そんな言い方……誰が解決してもいいじゃないですか。僕はただ、一刻も早い解決を望んでいるだけです。だから、手柄なんて関係ありません。市民の皆さんが安心して暮らせる、そんな世の中になれば」

「おー、立派立派。立派な心構えやないの。気張りやー」

 神崎先輩はヒラヒラと手を振って、勝手に話を終わらせる。僕は憮然とした。この人にだけは馬鹿にされる覚えはないぞ。

 神崎先輩は今年京都から御崎署に転勤になった先輩刑事だ。それにしては関西弁がわざとらしく、不自然に聞こえるのは何故だろうか。

 誰も彼もが首を捻り捻り、何となく重苦しい空気が漂う中、

「よろしいでしょうか」

 凛とした美しい声が響いた。途端、一課長は苦い表情になり、渋々と吐き捨てるように促す。

「トッカイか……話だけは聞こう。何だね」

「はい」

 先ほど挙手して発言したのは、綺麗な女性だった。白いおもてに浮かぶ、ハッキリとした目鼻立ち。少し太めの眉は、彼女の意思の強さを表している。耳の後ろで切り揃えられた稲穂色のボブカットを揺らしながら立ち上がる姿も堂々としていて、まさに気丈な美人と呼ぶに相応しい。

「被害者の死亡状況ですが、明らかに人の力を上回る――いえ、現代の科学では証明できない不可解な状態でした。故に我が〈特殊怪奇捜査班〉は、今件を特例事項と仮定、捜査を進める方針です」

 女性の発言内容に、場が瞬時にざわついた。僕はというと、メモを取るのも忘れ、呆気に取られていた。

 えーと、特殊怪奇捜査班? 特例事項? 何の話だ?

「つきましては管轄の警察署から、応援を要請したい。なに、一人二人ほどで結構ですので」

 要請を受けた一課長と署長は困ったように互いの顔を見合わせた。しばらく二人でコソコソと何やら話し込んでいたが、話が終わったのか、顔を上げた署長とバッチリ目が合う――合ってしまった。猛烈に、嫌な予感が体中を駆け巡る。

「ならば我が署から、御子柴巡査を派遣しよう。まだ若く経験不足が目立つ男ですが、そちらも猫の手も借りたいところでしょう。存分に使ってやっていただきたい」

「ええっ、僕ですか!?」

 僕は思わず大声を出していた。嫌な予感は的中した。そんな、よく解らない部署に勝手に身売りされては困る……!

「ちょ、ちょっと……」

「ありがとうございます。では、そのように」

「人手不足はお互い様ですからなぁ。ハハハ……」

 僕が戸惑っている間に、話はトントン拍子に進んでいく。口を挟む暇もないまま、一課長がテーブルを叩いた。

「静粛に! 総員、被害者の無念を晴らすべく総力を挙げて捜査に当たれ! 特怪は……好きにしろ」

「かしこまりました」

 そこで会議はお開きとなった。刑事達がゾロゾロと引き揚げていく中、ぽつりと残された僕の肩を叩く者がいた。

「よろしく頼むよ、新人クン」臨時上司になった美人がにこやかに笑いかけた。「おっと、挨拶をしておこうか。私は霧雨キリサメシノ。〈特殊怪奇捜査班〉の班長を勤めている。ま、班長といっても正規の班員は私一人しかいない、さもしい部署なのだがね」

 ……不安なことこの上ない。そもそも、たった一人の人員で成り立つ部署って何なんだ?

 救いを求めてしれっと逃げようとしている神崎先輩に目線を送ると、彼の先輩は親指を立てて「ドンマイ!」と口を動かした。言ってることとやってることが違うじゃないか!

 こうして、僕の本庁デビューは窓際部署に身売りされるカタチで終わった。

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