幕間.憂
燃える夕陽が徐々に細くなり、山の峰に消えかけている。もうじき夜の帳が下りる頃合いだ。最後の悪あがきと言わんばかりに空を茜色に染める夕陽を眺めながら、わたしは人の気配が消え去った廊下を歩く。
部活動には所属していないが、帰りがすっかり遅くなっていた。先生方に頼まれた雑用を片付けていたらこんな時間だ。
自分が所属する教室の前で足が止まる。引き戸を開けて中を見回す。がらんとした教室の片隅、窓際の席に黒い塊を見つけた。
「
近寄ったわたしが声を掛けると、机に突っ伏した黒い塊こと男子生徒はモゾモゾと身じろぎをした後、億劫そうに顔を上げた。視界を覆っていた黒いフードを手で払い、その下から現れたボサボサの黒髪の隙間から、じろりとこちらを睥睨してきた。
「……
「何じゃなくて、とっくに帰りのホームルーム終わってるよ。教室に残ってるの、もう御門くんだけだよ。部活も所属してないんでしょ? もうじき校門も閉められちゃうし、早く帰らないと親御さんも心配するよ」
すると彼は頭をガシガシと掻きながら、深い溜め息を落とした。
「木下さんさぁ、そんなことを言うためにわざわざ自主的に居残りしてたワケ? 暇なの?」
痛いところを突かれ、心臓がドキリと跳ね上がる。わたしは慌てて言い訳を繕う。
「え? 別にそういうつもりじゃ……」嘘だ。そういうつもりで自主的に居残りしていた。「でもほら、わたし学級委員だし、クラスメイトを放っておけないっていうか……」
学級委員であるのも、彼を放っておけないのも事実だ。友人からは「
「あっそう。余計なお世話」
ピシャリと撥ね除けられる。お節介なのは百も承知だったので、何も言い返せない。
黙り込むわたしをよそに、御門くんはさっきまで寝起きでぼんやりしていたのが嘘のように、機敏に帰り支度を済ませて立ち上がる。
「まあ、暗くなる前に起こしてくれたのは感謝してる。あんがと……それから俺、別に親とかいないから」
「え……」
「なんて、真に受けた? 心配するような親がいないってのはホントだけどな。じゃ、俺帰るわ。木下さんも暗くなる前に帰った方がいいぜ、危ないから」
サラリと吐き出された重い台詞を受け止めきれずに固まっている間に、パーカーのフードを翻して彼はさっさと帰ってしまった。
教室に一人残されたわたしは、しばし立ち尽くしていた。親がいないと零した彼の暗澹とした瞳が、目に焼きついて忘れられない。
御門
彼が気になる理由については――決して恋愛感情などではなく――人には言えないわたしの秘密が絡んでくるため、今は割愛させていただく。一つだけ言えるとすれば、わたしも彼も普通の高校生ではない。それだけは確かだ。
そんな不思議なクラスメイトの彼のことを、わたし――木下憂は、何も知らない。
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