特殊怪奇捜査班

「〈特殊怪奇捜査班〉にようこそ、御子柴悟巡査。改めて歓迎しよう」

 僕の腕を引っ掴んで〈特殊怪奇捜査班〉とやらの拠点オフィスまで連行した霧雨篠が、にこやかに笑った。僕は慌てて待ったをかける。

「いやいや、待ってください、ここ倉庫ですよね!? 入り口に倉庫って書いてありましたよ。何でこんなところに……」

 僕が案内されたのは紛れもなく倉庫だった。六畳ほどの室内のあちこちには使わなくなったダンボール詰めの備品が乱雑に積み上げられ、放置されている。地震が来たら圧死は免れないだろう、と考えて背筋が冷えた。

「うん。それが何か?」霧雨篠は頷く。「風水的にもここが最適だったし、何より密談にもピッタリだからね。何も問題はないよ。むしろこんな好物件が売れ残っていたなんて、願ってもない僥倖さ」

「密談って……」

 僕はオフィスとも呼べない倉庫内をぐるりと見渡す。見渡す限り雑然とした段ボールの山。辛うじてオフィスらしく、窓際にぽつんと置かれたデスクには、何やら怪しげなグッズ――まじないにでも使うのだろうか――が所狭しと並んでいた。この人、美人だけど常人とはどこか感性がズレてるのかもしれない。少なくとも普通、平均が取り柄な僕とは合わないな、と内心結論づけた。

「早速だけど、協力者を紹介しようか」

「協力者? ええと、班員は霧雨さんお一人では」

「ああ違う違う。警察内部じゃなくて外部――要は民間の協力者だよ」

 ますます怪しげだ。というか、

「民間人に捜査情報を漏らす行為は、機密漏洩に当たるのでは?」

「真面目だねぇキミは。ところがそうは言ってられないのが現状だよ。ただでさえ人手が足りないんだ。キミの上司の言う通り、こちらは猫の手も借りたいところなのさ。とはいえ、彼はただの民間人じゃあない。なんたって彼はこの分野のスペシャリスト――陰陽師だからね」

「陰陽師……?」

「知らないかな?」

「い、いえ知ってます! ひと昔前に安倍晴明とかブームになりましたよね……じゃなくて、何で陰陽師が協力者なんですか? というか、実在するんですか?」

 畳みかける僕の質問を無視する形で、霧雨篠はキャスター付きの椅子を引き寄せそこに腰を掛けると、すらりと長い脚を組んで問うてきた。

「御子柴クン、キミはこの事件をどう思った? 素直に感じたことを言ってごらん」

 僕を見据える霧雨篠の怜悧な視線は嘘を許さない。逡巡しつつ、口を開く。

「……被害者が悪どいことをやってきたのは噂で聞いています。だから、まるで天罰が下ったみたいだって……って、警察官のくせに何を言ってるんですかね。すみません変なこと言って」

「そう、それだよ。いいとこ突くね」

「え?」

「恣意的か故意的か、人の仕業とは到底思えない事件は古くから度々起きていた。それらは鬼や神、妖怪の仕業として口から口へと語り継がれ、書物に書き残されてきたが厳密には少し異なる。根底にあるのは畏怖に愛憎など、人々が抱いた負の感情だ。感情とは人間が生み出す最大のエネルギー。寄り集まればカタチを成すだろうさ。我々はそれらを総称して〈陰法師かげぼうし〉と呼んでいる」

 霧雨篠は滔々と語り出した。僕は彼女の話についていけずに呆気に取られる。

「つまり、陰陽師は対陰法師専門の警察とも言えるワケだ。例えばサイバー犯罪が起きた際、コンピュータに精通した専門家に協力を要請するだろう? 動機が不明の場合、犯罪心理学者に話を聞くことだってある。そして陰法師の専門家こそ陰陽師。その専門家と一緒に捜査する部署が我らが特怪こと〈特殊怪奇捜査班〉なのだよ。はい、拍手」

 霧雨篠は拍手を強要するが、僕は拍手する気も起きなかった。彼女の言っている意味が、理解できない。いや――脳が理解を拒んでいる、と表現した方が適切か。それほどには現実味のない話だった。魑魅魍魎が跋扈していたと言われる平安時代ならばともかく、科学の発達した現代に鬼だの妖怪だのの仕業だなんて本気で言っているのか? やっぱりこの女性ひと、かなり変わっているぞ。

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