捜査会議

 捜査本部は大勢の警察官で賑わっている。それもそのはずだ、今回の事件では政界にも顔の利く大手社長が無惨にも亡くなったのだ。否が応でも士気が上がるというもの――主に、上層部の。一刻も早く解決して媚を売りたいのだろう、とは先輩の談だ。けれど、そんな事情は僕ら下っ端には関係ない。

 どこか浮足立つ捜査員達の中、僕――御子柴ミコシバサトルはといえば、部屋の片隅で必死にメモを取っていた。つい先日警察学校を卒業し、所轄の刑事課に配属されたばかりの新人だ。今は所轄のしがないヒラ刑事だが、いずれは本庁に出世して、街の平和に大きく貢献したいと思っている。今回の事件ヤマは僕らの署の管轄下だったため、こうして初めての捜査会議に駆り出されたという訳だ。

 僕が書き留めた事件のあらましを、改めて記しておこう。

 事件が起きたのは未明。被害者は大和ヤマト剛毅ゴウキ、52歳。大手ゼネコン大和建設工業の現社長。都心の一等地に建つ自らの城――会社の社長室で亡くなっているのが出勤した従業員によって発見された。

 奇妙なのは亡くなり方だ。詳しい死因は解剖結果待ちだが、遺体に強い電流を受けた跡があることから、雷に撃たれたのではないかと臨場した刑事は言っていた。死亡推定時刻――午前零時前後、被害者の会社近辺では雷を伴う激しい雨が降っていたことが確認されているが、因果関係は不明である。

 現場が屋外ならば雷雨に関連を見出せるが、被害者が息絶えていたのは鍵の掛かった社長室。そこまで重い物を引き摺った形跡も、初動では見つからなかった。鑑識によると、室内には落雷によると思わしき痕跡が残っていたそうだ。よって死体が別の場所から運ばれたとは考え難く、室内で何らかの要因により落雷を受けたと考えた方がしっくりくる。そうなると当然、疑問が鎌首をもたげてくる。誰がどうやって?

 被害者は“政界に顔が利く大手ゼネコン会社社長”という肩書きから察せられる通り、敵は多かった。ワイドショーやネットニュースでバッシングされているのを、ゴシップに疎い僕ですら度々見かけるほどだ。亡くなる直前も地元住人の反対を力づくで無視した開発を進めており、世間から顰蹙を買っていた。そんな折飛び込んだ不審死の報せとあれば、第三者の関与を疑わずにはいられない。もっとも、第三者が意図的に被害者を殺害できれば、の話だが。

 仮に今件が怨恨による殺人だった場合、幾つかの方法が考えられる。例えば、雷を集める装置を社長室に仕掛けたとしたら? 皆同じことを考えたようで、鑑識や科捜研で仕掛けの形跡を探るようだ。

 事件前後に出入りした不審人物は今のところ確認されていない。というのも、落雷による停電のせいで肝心な時間帯に防犯カメラが機能しなくなっていたためだ。目撃情報を募ろうとはしているが、時刻は真夜中。望みは薄い。警備員を含めその時間まで残業していた従業員も少なからずいたようだが――大和建設はブラック企業という噂もある――誰一人として不審人物は見かけなかったと言う。もっとも、従業員の中に犯人がいる可能性も捨てきれない。勝手知った社内ならば我々の知らない仕掛けを仕込むことだって可能だろう。一課は引き続き従業員を当たると張り切っていた。

 しかし――僕はペンを走らせる手を止めて考え込む。妙な事件だ。これは本当に人間の仕業なのか? まるで、天罰が下ったかのような――

 そこまで考えて、何をバカなことを、と我に返る。頭を振って今しがた過った考えを振り払う。そんな訳があるものか。僕は幽霊だの祟りだの、オカルトの類いは信じない質だ。

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