◇


 被害者が経営していた大和建設工業は、ビル街の一等地にある細長い高層ビルだった。それだけでも会社が大儲けしていたことがわかる。聞くところによると、官僚の天下り先としても利用されていたようだ。だからこそ上層部は媚を売りたくて張り切っているのだ、と神崎先輩が言っていた。

 だだっ広いエントランスに入ると、班長霧雨篠があらかじめアポイントメントを取っていた亡き社長秘書の女性が待っていた。小柄で童顔な彼女は、木嶋キジマと名乗った。愛嬌のある顔立ちにどこか暗い翳りが見えるのは、自らの上司が訳のわからない状況で亡くなったためだろう。

「警視庁特殊怪奇捜査班の御子柴と、こちらはカゲリです」

「秘書の木嶋です。代表代理――副社長の岡副に取り次ぎます。どうぞこちらへ」

 警察手帳と名刺を見せ合い簡単な自己紹介を終えると、木嶋は僕らを先導して歩き出す。

「この度はお悔やみ申し上げます。こんな大変な時に、お手数おかけしてすみません」

「いえ……」

 気丈に返事をする木嶋は、仕事のできる女性なのだろう。案内された応接室の前で、彼女とは別れた。

「初めまして、副社長の岡副オカゾエと申します」

 室内で待っていた岡副は実直そうな中年の男だった。皺に年齢分の苦労が刻まれている、そんな顔立ちをしていた。着ているスーツもどこかくたびれて見える。ワンマン社長だったという大和の下で働き続けた結果が現れた姿だった。

「特殊怪奇捜査班の御子柴と申します。こちらはカゲリ」

 相変わらずフードを脱がず、それどころか欠伸を零すカゲリの頭を無理矢理下げさせ、僕らも慌てて自己紹介する。先に話を切り出したのは、岡副の方だった。

「刑事さん、大和社長は――祟り殺されたんです」

 あまりにも大真面目な表情で突拍子もないことを言い出すものだから、僕は呆気に取られてしまった。

「た、祟り……?」

「だって、刑事さん。考えてもみてくださいよ。室内で雷に撃たれて亡くなるなんて……天文学的確率ですよ。交通事故に遭う方がよほど現実的だ」

 交通事故に遭うのも、遭ったことがない人間からすればなかなか現実味がない出来事だと感じるのは僕だけだろうか。

 すると、それまで黙りを決め込んでいたカゲリが徐に口を開いた。

「つまり、岡副さん。あなたは大和社長が祟られるだけの理由に心当たりがあると?」

 フード付き黒マントで顔を隠した、見るからに怪しいカゲリをジロジロ眺めながら岡副は言う。

「大和の悪評はご存知でしょう。誰の意見も気に留めようともしないワンマンぶりで敵を増やしていました。挙句、私の地元まで開発しようとするなんて!」

「成程ね。大和社長が亡くなる直前まで開発を進めていた土地は、あなたの地元でしたか」

 カゲリは見た目の怪しさに反し、冷静かつ丁寧な口調で岡副から話を聞き出していく。意外と仕事はできるのだろうか。だとしたら、僕へのふざけた態度は何なのだ?

「私は何度も反対したんですよ」岡副は怒りが蘇ったのか、憎々しげに吐き捨てた。「私だけじゃない、地元の人間はみな反対していました。天神様を祀っている土地になんて罰当たりな、とね。でも、大和は聞く耳を持たなかった。私達の声を封殺し、土地の自然を滅茶苦茶にした。ですので、怨んでいる人間は多いと思いますよ――無論、私も含めて」

 自嘲気味の皮肉めいた笑みを零す。疑いが降り掛かるのは承知の上で発言しているのだ。

 社長である大和亡き今、会社の実権は副社長である岡副に回るのだろう。殺害方法はともかく、動機の面では充分だ。そうなった場合は、大和の秘書だった木嶋は、岡副新社長の秘書として働くのだろうか――ふと、頭の片隅でそんな余計なことを考えていた。

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