それから数点、形式上の質問をすると、僕らは岡副と別れた。被害者の死亡推定時刻のアリバイは会社で残業していたためなし。これは殆どの人間がそうだろう。むしろ深夜二時〜三時のアリバイを完璧に証言できる人間の方が怪しいくらいだ。

 副社長室を揃って退室したその足で、今度は現場となった社長室に向かう。社長室は天高く聳えるビルの最上階に位置していた。現場では鑑識が忙しなく現場検証を行なっていた。

「お疲れ様です、特怪の御子柴です」

「ああ、アンタが例の」先の捜査会議の話は耳に入っているのだろう、ベテランであろう鑑識は僕に憐れみの視線を向けてきた。「ご苦労なこって。大変だろう」

「いや、まあ、ハハハ……」

 笑って誤魔化す僕に、米守ヨネモリと名乗った鑑識は「残念だけど」と前置きしてから言った。

「争ったような形跡はあるけどね、ガイシャにピンポイントで雷を落とすような仕掛けらしきものは見当たらないんだよね。私の勘だが、恐らく事件性はないね。信じられない話だけど、室内で落雷によって亡くなった事例もあるから、そっち方面も検証してみるよ」

 となると――僕は考える。やはりこれは天文学的確率の不運な事故なのだろうか……?

 僕に同情的な米守に礼を述べ、これといった収穫を得られぬまま現場を後にする。警備員室では犯行時刻前後の防犯カメラの映像も見せてもらったのだが、捜査会議で聞いた通り雷雨が酷く映像は殆ど見れたものではなかった。しかし、事件当夜は深夜にも関わらず岡副や木嶋など、少なくない人数が会社に残っていたようだから、会社のブラックっぷりは疑いようもないだろう。

 来た道を戻り、会社を後にしようとしたところ、エレベーターホール付近で小太りのオバさんがそそくさと僕らに近寄ってきて囁いた。

「ねね、アンタ達刑事さんでしょ? さっき訪ねてきたの見たのよ。ちょっと話があるんだけど、いい? いいわね?」

「はぁ……」

 こちらの返事などハナから聞く耳を持たないオバさんは有無を言わさず、ぐいぐいと半ば力づくで人気のないに通路に僕らを連れ込んだ。あまり他人に聞かれたくない話のようだ。

 オバさんは大和建設に出入りする清掃会社の細井ホソイと名乗った。名は体を表す、ということわざは嘘だったんだな、と僕は思考の片隅で考える。

「あの、社長秘書の木嶋さんているじゃない。若くて可愛い子」

「ああ、先ほどお会いしました。彼女がどうかしましたか?」

 細井は周囲に目を配りながら、ますます声を潜めて囁いた。

「あの子ね、死んだ社長の愛人だったのよ」

「え――」

 僕は絶句した。彼女にそんな一面があったとは。とても遊んでいるようには見えなかったが、これで岡副のみならず木嶋にも充分な動機があることになる。

 細井は立て板に水の勢いで捲し立てた。

「愛人って言っても、半ば無理矢理みたいな関係だったらしいけどね。木嶋さんのお父様が社長と親しいとかで、社長が彼女のこと気に入っちゃってコネで無理矢理入社させて側に置いたって話だし。社長、女性社員へのセクハラも酷かったらしいから、祟られて当然ね。それで辞めちゃった子もいっぱいいるみたいだし。木嶋さんも今頃せいせいしてるんじゃない? 私ももうちょっと若かったら危なかったわ〜」

 若かりし細井が大和の守備範囲だったかはともかく、やはり細井も大和の死は祟りによるものだと思い込んでいるようだ。それにしても、情報通オバさんの手に掛かればプライバシーも何もあったものじゃない。彼女らはこういった個人情報を、いったいどこから仕入れてくるのだろう?

「貴重な情報ありがとうございます。頭に留めておきます」

 僕らは細井と別れ、収穫らしい収穫を得られぬまま、今度こそ大和建設を後にした。

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