第8話 独り飲み会
仕事帰りに、複数で飲みに行くのもいいが、一度は、やってみたかった『一人で居酒屋へ行ってみた』をさ。実際さぁ、カウンター席があればいいけど、テーブル席しか空いてない時に気を使うじゃん。でもね、今日は一人で飲みたい気分な訳さ。
会社近くの繁華街。平日だけど、なかなかの賑わいで、飲み屋街も混雑している。数件の居酒屋が満席で断られ、チラシを配ってた店員に勧められ、ビル2階にある居酒屋へ入ってみる。
「いらっしゃいませ~」
威勢のよい声に圧倒されつつ、窓側通り沿いの二人テーブル席を案内された。さて、何を頼みますかな~。メニューを眺めつつ
『生ビールに、枝豆は決定として、手羽餃子あるのか~、地鶏の柚子胡椒焼きは、そりゃ頼むでしょ!』
一人メニュー会議を終え、注文し、早速、生ビールが到着。
「あぁ、今日もお疲れ様でした」
んぐっ、んぐっ、と半分ほど飲み干した辺りで、携帯の着信音に気付いた。
「ぉ、アカネーサンからのメールか」
以前の職場でお世話になった先輩女性で飲み仲間でもある。
「よう、元気でやっとるかね? 会社離れてから、どうしてんの?」
こういう何気ないメールが、非常にありがたい。ただ、どう返事したらいいものやら、文面が思い浮かばず、ひとまず、地鶏を食らう。さらに、ビールを一口。外をぼんやり眺め、行き交う車やいろんなお店の看板の明かりで、我に返る。
「前略、中途採用されました。訳あって辞表を書こうかと思います」
短文にて、メール返信した。いろいろ書きたいが・・・。
アカネーサンから、さっそく返事がきた。
「どしたのさ? 事情あるだろうけどさ、辞表書いても、日付は、まだ書かないで持っておきなよ」
ぁ~、姐さんの言い方だ。
「いろいろ巻き込まれたので、うんざりして。辞表は、一応書きます。いつでも叩きつけて提出できるように」
泣いてしまいそうになったので、居酒屋を出た。大通りは、たくさんの人達が行き交い、この中にも、いろんな仕事をして葛藤しているわけだ。でも、しばらく、あんな風に笑えないかな。
明日も、出社か。出社、出来んのか?していいの?
そういえば、今日は、どうやって退社したか覚えてないな。コンビニさんが顔色のことをいじってた気がするけど、聞き取れなかったな。そー娘も何か言ってたが、どうでもいい。大して酔ってないが、足元がおぼつかないのでタクシーで帰ることにした。
ぼんやりと眺める車窓。いくつかのビルでは、まだ明かりがついている。日付変わりそうな時間だけど、まだ働いている人がいるんだ。働いてるのか、働かされてるのか、誰かに認められるためか、自分の目的の手段として、その労働環境にいるのか、働くことへの疑問しか出てこない。よくない思考だよな。
苦悶していると、声をかけられた。
「お客さん、顔色悪いね~。吐く時は言ってよ」
運転手にそう言われ、なんとなく
「すんません」
と、返事をした。
働くことに対して、目的とか、正直分からない。生活のため、それだけじゃないのかな。仕事のために生きているわけではないので、今日の職場で巻き込まれた件は暴れても良かったんだ。・・・うん、違う。精神疲労と酔いで、おかしくなってる。相手の意見や態度に飲まれたり、主張したところで、状況証拠が正当に判断されなかっただろう。低いレベルに合わせるのは簡単だけど、そこから這い上がるのは、ものすごく大変なんだ。信用そのものが無くなってしまう。結局、辞める話になったか。
ぐるぐると思考が空回りしたまま、タクシーが自宅に着いた。怪訝そうな運転手に代金を支払い、降りる。やはり、足元おぼつかなく、フラフラしている。
独身、実家暮らしゆえ、あれこれ親から聞かれる。
「職場でいろいろありました。数日中に、分かると思われます」
そう回答し、部屋に入った。
あ~、辞表書かなきゃ。
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