第5話 サポ班 会合

 サポ班内で聞いていた『マイコーさんによる緊急招集』という飲み会。普段、物静かというか、無口であるマイコーさんのストレスMAX状態になると、特定の居酒屋に集められる。私は、初参戦で、お店の名前は『居酒屋 酔々(すいすい)』という。よくある居酒屋ではあるが、女将と娘で運営している。ポテサラが美味。


 招集がかかったのが、金曜日ということもあり、多少飲んでも構わないかと覚悟はしている。マイコーさんの荒れ具合がどうなるか心配だけど、初めてサポ班で飲むので、どう変わるのか、全く不明。あぁ、マイコーさん虎にならなければいいが。


 会社を出て、4人で歩いて居酒屋に向かう。途中、コンビニさんが予約確認をしていたので無事店内へ。女将さんの元気のいい声で迎えられ、テーブル席に座る。手慣れたコンビニ・マイコー両名が初めの品々をメニューを見ずに注文する。


「生中4つ。ポテサラ(大)、枝豆、モリモリ串揚げ をひとまずお願い」


 と、4人で分けやすい品をささっと頼まれた。


 少し沈黙が生まれた。誰もスマホも見ない。誰が先手を打つのか。しかし、先に ブチ切れたのは、意外なことにサワコさんだった。


「あれは、ないよ」


 もちろん、そー娘に対して。というよりも、まだ飲み物すら来てないのに、怒髪天であり、私は黙って様子を伺う。


 飲み物が届き、注文の品が揃いだし、乾杯。


『あ!』


 マイコーさんの中ジョッキが残り1/4になっている。燃料補給と完全にスイッチが入った。


「何だ、『そー娘』って。ろくに文字入力もできないし、原稿すら読めない。この前も、パソコンが映らないって騒ぐから見てみたら、モニターの電源ボタンを押してないだけ」


 さらに、続く。


「『私って、●●じゃないですか~』って、存じないの!知らないって!」


 案外多いんだよ、この言い方する人。例えば、相手も同じ地域に住んでて、『あそこにスーパーあるじゃないですか』という目印になるものを言う場合は、まだ理解できる。個人の事が、いかにも共通認識として当然という言い方は、まずありえない。職場で、しっかり相手を熟知するほどの付き合いは滅多にない。しかも、日の浅いそー娘に対しては。


 その後も、『総務部長はダメな理由を探す方が難しいが、娘は、どうした?』といったメーター振り切ったマイコーさんの独演会になっていった。


「うん、まだ足りない」


 マイコーさんが、ボソッと言う。サワコ・コンビニ両名が深く頷いた。


「マルタ君、次行くよ」


 ひとまず居酒屋の会計を済ませ、外に出る。よく分からず、付いて行く。繁華街の方に向かっているが、コンビニさんが電話し、予約してる模様。なんとなく聞いてみた。


「Barかどこかで、さらに飲むんですか?」


 ほろ酔いのサワコさんが、少し乱れた髪が顔にかかり、普段とは違う外見でニヤッとして私に言うんだ。


「舞子さんが、『マイコーさん』と呼ばれる理由を体験しな」


 やだ、サワコさん、その言い方かっこいい。・・・サワコさん、普段は、すごく自制してるんだと思われる。抑えに抑え、なるべく円滑に業務が回るよう、トラブル回避型な対応をしているわけだよ。言いたいこともあるけど、お酒でリミッター解除で、ちょっと男前なサワコさんが出てきたんだ。ホント、乱れ髪がなびいて、かっこいい。


 10分ほど歩いて着いたのは、予約していたカラオケ店だった。通された部屋に入り、また飲み物を頼む。いそいそと荷物を置き、所定の位置があるようで、私は端に座る。音楽が流れ始め、空気が変わった。


 マイコー・オンステージ!


「フォッ」

「ダッ」

「パ~ォッ」

「ヒ~ヒィッ」

「ポァォォゥ」


 声質ではなく、マイケル・ジャクソンのパフォーマンスを完全コピーしたマイコーさん。すげぇ、実にすげぇ。ダンスは出来ないものの、ちょいちょい手のしぐさが入る。ただ、マイコーさんがすると、指差しによる安全確認に見えた。


 隣りでハイボール飲んでるコンビニさんに


「燃料補給確認良し!ご安全に!」


 と言うと、向かいのサワコさんが、ブホッと吹き出した。それ見たコンビニさんも吹き出した。すでに歌い終わっていたマイコーさんも笑っていたので、少しは気が晴れただろうか。

 私は、歌うことが苦手なので、拍手等、盛り上げに徹底してたが、歌う順番が回ってきた。避けられない状況だ。他3名が見事に酔って、テンションが上がりまくって、何か歌わないわけにはいかなかった。


 マイコーさんは怒るかもしれないが、今夜はビート・イットのパロディであるアル ヤンコビック 「今夜はイート イット」を英語歌詞を知らないけど雰囲気英語で

ホニャホニャ言いながら歌った。


「ファォッ!」


 すげぇ指差してくる、マイコーさん。激怒か?と思ったが、定番ネタなのか、すんごい踊ってた。熱量でカバーする燃焼系ダンスと伝わってきた。熱いマイケル愛、パロディでも乗る懐の深さだよ。


 2時間程カラオケで騒ぎ、帰る事にした。


 ただ、口を揃えて確認したことが、『そー娘には、気を付けろ』だった。


 確かに、気を付けなければならなかったんだ。

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