第4話 総務部長の娘
朝の通勤、いつになっても慣れない。電車を利用してるんだけど、大変なんだよ。車内に入ってからの位置取りや吊り輪がつかめるか、痴漢に間違われないよう手やカバンが当たらないようにする、とか。
電車だと約30分、車だと1時間と駐車場代。自宅から駅までが比較的近い分、仕方ないよな。朝から疲労しながら、出社する。地方でこうなんだから、大都市圏だとどうなるんだろう。これも、慣れなのかな。
人混みに、もまれながら、ぼんやりと今日業務で何やることを考えていた。締め切り等スケジュールは、サワコさんに聞いてみて、段取り見直さないといけないし、コンビニさんが先に始めていた案件は、工数がどう考えても間違ってるという話があった。こういう間違いは、大体モジャ夫が計算ミスしてるんだよな。人手が足りない。いや、今日は、人増えるんだったか。
朝礼時に、挨拶があった。
「おはようございます。皆様ご存知かと思いますが、父が総務部長やってます。分からないこと多いですがよろしくお願いします」
初めから言っちゃうんだ、親が社内にいるって。牽制かな。ノープランかもしれないな。
サポ班は、自分を含め30代なんだが、総務部長の娘さんは、20代後半らしい。本人が言わない限り年齢って聞けないよ。統括部長からの話から推察だ。
さっそく、私が簡単に使用するパソコン端末とサポ班業務を新人である総務部長の娘さんに説明した。
「は~ぃ、分かりましたぁ~」
ちょっと引っかかる面もあったが、マイコーさんに業務説明を変わり、自分の席に戻る。
「マルタく~ん、ちょっといいかな~」
モジャ夫が近づいてくる。
「はい、作業依頼ですか?」
「あのお嬢さん誰?」
仕事の話じゃないのかよ!って、表情がキモい。獲物を見つけたような、息の荒さ。
「総務部長の娘さんだそうです。詳しくは、統括部長か総務部長に聞かれてください」
「そうなの、そー娘(総務部長の娘:そうむす)さんね」
え、名付けたの?ちょっと、ぞわぞわするんだけど、いいのか?周囲に軽く寒気残して、モジャ夫離れる。
しばらくして、さっそく声がかかる。
「マルタさ~ん、パソコン壊れましたぁ」
「電源切れましたか?」
「壊れたんですぅ」
近寄ってみれば、画面は表示されてるし、マウスポインタの矢印も動いている。
「どんな作業をしてたんですか?」
「数字を入力してたら、画面が消えたんです。故障ですよね?」
何を言いたいのか分からなかったが、[最小化]されたアプリが画面下にあった。
「これのことですか?」
画面下にあった表計算アプリを表示させてみた。
「わぁ~、ありました」
おそらく、何かのきっかけで[最小化ボタン]を押してしまったのだろう。パソコン初心者だとやりがちな凡ミスっぽいこと。
その後も、同じ名称のファイルを二重起動して編集後の保存が効かなかったり、飲み物を書類やキーボードに飲ませそうになったり、現場慣れしてないことがよく分かった。
そうこうしていると昼休みになった。
「お~ぃ、コンビニ行くよ」
コンビニさんの誘いがあった。他の人は、お弁当持参なので、声掛けも私限定になる。
「そー娘さんも行く?」
初日だし、分からないだろうから、声をかけてみた。
「え~、パパとランチ行くので~」
「はい、分かりました~」
お嬢様なのかな?声かけない方が良かったのかも、と思いつつ外へ。
「 ぱぱ と、 る゛らぁんちぃ! あ゛ぁん」
外に出たから、荒れるコンビニさん。巻き舌と若干のデスボイス調が痺れます。
「そー娘さん、他所の会社じゃな無理なのが、もう分かった気がします」
思わず、言葉に出てしまったが、コンビニさんも深く頷いていた。
そういえば、そー娘は、試用期間がないのか?特権が与えられてるのか?謎のまま、日々が過ぎていった。
ある日、サワコさんが言う。
「そー娘さんの歓迎会でもしませんか?」
自分の時も、ささやかな歓迎会してもらったもんな~。なので、賛同の意見を言おうとしたら、そー娘が先に妙なことを言うんだ。
「え~、だって私お酒ダメじゃないですか~。パパも心配するし~」
サワコさんが思わず答える。
「無理しなくていいよ~」
「は~ぃ」
そー娘は、会話のやり取りというより、人付き合いがやってこなかったのかな。それか、人間関係の構築というやつが、そもそも難解なタイプか。私も人付き合いは苦手だが、今回のやり取りは、まず無いよ。
ちょっと時間が経ってから、携帯にメッセージが入っていた。マイコーさんからだった。
『サポ班緊急招集、そー娘抜きで。』
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