そこの三輪車、スピード違反です

 レース会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。主役はもちろんター坊だ。

 三輪車をこぐ3歳児は愛らしいが、勇ましい表情をしている。意地でもレースを続けるつもりなのだ。

 翔の胸のうちにこみ上げるものがあった。三郎に言わせれば泣くのは早いだろうが、こんなに頼もしい仲間がいる事に震えが止まらなかった。

 水分補給をすませて、可能なかぎり足のケアも行った。

 決勝スタートから3時間経った。ター坊が交代場所で止まった。

「あい」

 汗まみれのター坊がふらふらと三輪車から離れる。

「よくやった、ありがとう!」

「あい……!」

 翔がター坊を抱きしめると、ター坊は最後の力を振り絞って返事をしていた。

 保護者が急いで水分補給をさせると、スヤスヤと寝息を立てる。3歳児にとって30分の運転は大冒険だ。


「絶対に盛り返してやる」


 翔は決意を新たに三輪車にまたがる。闘志に満ちた瞳で、コースを見つめていた。

 周回遅れなのは間違いない。ランキングが走行距離に左右される今大会で、優勝は絶望的だ。

 しかし、翔の目は死んでいない。


「父ちゃん、僕はやるよ」


「やれ! 父ちゃんはてめぇを愛しているぜ!」


 三輪車が青白く輝く。

 翔と三郎の想いが一致した。

 次の瞬間、三輪車は恐るべき爆走を見せた。車輪が悲鳴をあげるが、三郎の笑い声が心地いい。

 コーナリングも完璧にこなし、前を行く集団にどんどん近づいていく。

 翔は最後の1時間に魂をかけていた。

 どこまで食らいつけるのか分からない。しかし、今の翔にとって、何人抜かせるかなどどうでも良かった。


「父ちゃんと母ちゃんに恥ずかしくないレースをするんだぁぁああああ!」


 吠えて、痛む足を無理やり動かす。

 最後の直線に全力をこめる。

 見学者たちも、出場者たちも両目を丸くした。

 そして、声をそろえた。


「そこの三輪車、スピード違反ですぅぅううう!」


 最高時速は160Kmであった。

 優勝こそ逃したが、瞬間最高速度は圧倒的なトップであった。

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