レース 決勝
決勝時は出場者と見学者の熱気が一段と増す。
今まで鳴りを潜めていたセミが、出場者たちを応援するかのようにミンミン鳴き始める。
スタート地点にはすでに全出場者がそろっていた。予選で上位だった順に、前から並んでいる。
予選で最下位だった翔の三輪車は、最後尾に位置している。
「ここで取り返さないと、母ちゃんに報告できない」
翔は呟いて、前を見つめる。みんな今日のために鍛錬を積んできた強豪たちだ。追い抜くのは容易ではないだろう。心臓の鼓動が痛くなるくらいに早くなる。
そんな時に、三輪車が青白く光った。
「そんなに気を張るなよ、てめぇならなんとかなる。今までの自分を信じろ、楽しもうぜ!」
あっけらかんとした三郎の声に、翔は思わず笑った。
緊張がほどける。
三郎に言われた通り、今までの自分を信じる。それだけだ。
どこからともなくバーベキューのいい匂いがしたところで、スタートとなった。
各々の三輪車が、通常では考えられないほどのスピードで駆けていた。歩行者が道端でぶつかれば弾き飛ばされるだろう。もはや凶器である。
そんな凶器の集団に負けず劣らず、翔の三輪車も恐るべきスピードを出していた。
三郎が作戦を言い渡す。
「翔、先手必勝だ! まずは先頭に立って抜かれないようにするんだ。そうすりゃ勝てる!」
「分かったよ、父ちゃん!」
翔は三輪車を全力でこぐ。3歳児のター坊が乗れるだけあって、ペダルとサドルの位置が低い。高校生がこぐためには、ずっと膝を曲げていなければならない。膝を曲げながら足を上下に動かし続けるのは常人には耐えがたいだろう。
しかし、翔は苦も無くこぎ続ける。
レースで優勝するために、来る日も来る日も三輪車をこぎ続けたのだ。当然ながら、体力と筋肉がついた。
翔の三輪車は、最下位から一気に先頭に躍り出る。狙いどおりだ。
三輪車が青白い輝きを強くする。
「いいぜ翔、その調子だ! あとはこのペースが4時間続けば楽勝だぜ!」
「そうだね、父ちゃん!」
翔はペダルをこぐ足に力を込める。本来なら予選で使うべき体力が、ター坊のおかげで温存されているのだ。行ける所まで行くつもりだ。
流れる景色も、真っ向から受け止める風も気持ちいい。独走状態になった解放感もある。
「まだまだ行こう!」
翔は声高らかに笑いながらこぎ続けていた。
しかし、1時間後に翔はヘロヘロになった。全出場者を追い抜かすペースを4時間も保てないのが現実であった。
そもそも今回の大会はチーム戦を前提としている。一人で耐え抜けるほど甘いレースではないのだ。
「絶対優勝、絶対優勝……!」
翔は自分に言い聞かせるように呟き続ける。
しかし2時間30分後には、想いとは別に身体は限界を迎えていた。傍目で休憩が必要とされる。
大会主催者が強制的に翔のレースを中断させてもおかしくはなかった。
翔は汗まみれになりながらペダルをこぐが、ほとんど前に進まない。どんどん追い抜かれるが、気にする余裕はないだろう。
見学者たちも心配そうに見つめていた。
そんな時に救世主が現れる。
「あい、あい!」
ター坊が目を覚ましていた。
ノロノロ運転の翔に向けて片手を振っている。
翔はどうにか交代場所にたどり着き、苦笑した。
「大丈夫なのか?」
息も絶え絶えに尋ねると、ター坊は元気よく両手を振りかぶった。
「あい!」
「分かった、どけばいいんだろ。無理するなよ、ター坊」
「あい!」
翔が不安定な足取りで三輪車からどくと、ター坊はあいあい言いながらこぎ始めていた。
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