レース 予選

 WEC JAPANの当日は人だかりができていた。多くの出場者や見学者が集まったのだ。本日まで鍛錬を重ねてきた出場者たちはもちろん、ゴミの持ち帰りなどに気を付ければバーベキュー大会が可能な見学者たちも、気持ちが高ぶっている。

 WEC JAPANは練習走行、予選、決勝の順番に行われる。

 慣らしの練習を終えたら、一周だけガチ走行を行って走者の並び順を決める。決勝では同じコースを逆走行する。

 この決勝に大きな特徴がある。

 4時間もの間走り続けるのだ。休憩や運転者の交代は認められているものの、参加資格に『体力精神力ともにすごく無理が効く方』と明記されている。過酷な耐久レースなのだ。

 そんなレースに、翔は3歳児のター坊と一緒に挑む。ター坊には保護者が付いてきているが、体力的に戦力外だった。

 翔はゼッケン番号3の三輪車をなでる。父親の佐藤三郎さとうさぶろうの名前と、今年に3歳となったター坊を祝したゼッケン番号だ。


「ター坊、俺はこのレースに懸けている」


「あい!」


 ター坊の返事はあどけないが、両手を振りかぶる勢いは素晴らしい。

 翔は満足そうに頷く。

「でも、おまえは無理をするな。父ちゃんにとって、俺たちが楽しくレースをする事が一番大事だ」

「あい!」

 ター坊は三輪車にまたがる。

 翔は微笑んで首を横に振った。


「予選は決勝の並び順を決める。とても大事なものだ。俺にやらせろ」


「いや!」


 ター坊はイヤイヤして三輪車にしがみつく。翔はター坊の腰を掴んで引っ張るが、三輪車も一緒に引っ張られてしまい、引きはがす事ができない。

 そんな時に三輪車が青白く光る。

 三郎がしゃべる前触れだ。


「まあまあ翔、こんな所で無駄に体力を削るのはやめようぜ。ター坊だって三輪車が好きなんだ。こいつがいなかったらレースに出場できなかったんだし、大事な所こそ任せてやれよ」


「父ちゃんがそう言うなら……」


 翔はしぶしぶター坊から両手を放した。

 予選は間もなく始まった。

 ター坊が三輪車をこぎ始めると、声援が沸いた。3歳児が一生懸命三輪車をこぐ姿は、可愛いのだ。

 ター坊は大会随一の声援を受けた。

 見学者に手を振りながらキコキコとこぎ続ける。元気よく、あいあいと言いながら進む。


 結果はビリであった。


「あい!」

「あい、じゃねぇよ何やってんだよ、大事な予選だぜ!? 必要なのは声援じゃなくてタイムだぜ!?」

 ター坊は三郎から説教されるが、胸を張っていた。

「たのしい!」

「そうか楽しかったのか、じゃあ俺から何も言えねぇぜ、畜生! 翔、決勝は一人で盛り返せよ!」

 いきなりの無茶ぶりに翔は両目を丸くした。

「僕一人で4時間耐久レースを!?」

「仕方ねぇだろ、ター坊はお昼寝タイムだし。なんとか体力を持たせるしかねぇだろ」

 ター坊は保護者に抱えられてスヤスヤ寝息をたてていた。

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