三輪車の事情

 時速80kmで走っていたのは三輪車だった。

 ありのまま上層部に報告すれば頭の心配をされるだろうが、事実だから仕方ない。

 武夫は三輪車に乗っている翔という少年から話を聞く事にした。

 氏名は佐藤翔さとうかけるで、近所の高校に通う少年である事が分かった。不幸にも幼い頃に両親が他界しているという。

 両親共にレース競技に思い入れがあった。

 三輪車は幼い頃に両親からプレゼントされたもので、形見なのだという。

「この三輪車で優勝するのが夢なんです」

 翔の両目に星の輝きが映る。握りこぶしを星空に向けて、やるぞー! と叫んでいる。


「父ちゃんと一緒にWEC JAPANで頂点に立って、母ちゃんにも報告するんです!」


 武夫は記憶を辿った。

 WEC JAPANと言えば、富士スピードウェイというサーキットで行われるレースである。三輪車やキャスターの付いた椅子などが駆け抜けると聞いた事がある。

 翔はそのレースで優勝するつもりなのだろう。

 武夫は首を横に振って溜め息を吐く。

「まずはその三輪車のスピードについて聞かせなさい」

「三輪車には父ちゃんの魂が宿っています。スピードが出るのはそのおかげです!」

「君の運転のせいではないのか。では、その三輪車は危険物として没収します」

「え……?」

 翔の表情が凍り付く。

「そ、そんな! WECのレギュレーションには引っかからなかったし、三輪車のスピード超過を規制する法律なんて無いと父ちゃんから聞きました!」

「スピード違反をしていたのは分かっていたのですね」

 武夫は呆れ顔を浮かべた。


「三輪車が道路交通法の適用から外れるのは、小児が運転しているなど、遊具として扱われる場合のみです。高校生が運転する場合は軽車両として扱われ、道路交通法の適用となります。れっきとしたスピード違反です」


「マジですか……?」


 翔がうなだれる。

 三輪車が時速80kmで走れるという事実の方にマジですかと言えと武夫は思ったが、職務を淡々とこなす。


「危険物として処分されてもおかしくありません」


「待て! そいつはお互いに良くないぜ!」


 野太い声は三輪車から聞こえた。三輪車は亡霊のように青白く光っている。

 あまりの大音量で、武夫以外は耳を塞ぐ。

「俺たちは夢を叶えたいだけなんだ! それができないなら呪ってやる!」

「呪いなどは信じない性分です。三輪車ができる事など無いでしょう」

 武夫は落ち着き払った表情を保つ。

 しかし、三輪車は諦める様子がない。


「三輪車がしゃべっている事が異常だと気づけよ! 口が無いから怨念パワーでテレパシーを送っているが、てめぇが思っているより面倒なんだぜ!」


 テレパシー以前に既に面倒くさい状況だと思ったが、武夫は口に出さない事にした。


「翔さん、三輪車から降りなさい」

「聞く必要は無いぜ! WECに向けて練習あるのみだ! 警察官さんよぉ、真面目なのはいいが人情を大事にしようぜ。WECで優勝したら成仏するつもりだったが、出場にまけてやる。とにかくWECに出させてくれ!」

「僕が聞き入れるべき内容ではありません」

 三輪車が発する青白い光に、禍々しい黒色が混ざりだす。

「畜生、翔から俺を没収してみろ! 夜な夜なあんたの脳内だけに大音量のテレパシーを毎日送り続けてやる!」

「僕からもお願いします、ようやくチームメイトが見つかって、出場資格を得たんです。父ちゃんの無念を晴らすためにもどうか!」

 翔が震えながら頭を下げる。

 同時に、三輪車の青白い光が強くなる。

「見逃してくれよぉ、WECに出場できたら成仏すると約束するからよぉ。俺が成仏したら、三輪車のスピード違反なんて頭おかしい報告をしなくてすむし、テレパシーの嫌がらせだって受けずにすむ。ウィンウィンだろ?」

 武夫は眉をひそめる。

「大事なのはあなたの成仏ではなく、国民の安全が守られる事です」

「分かった、道路を爆走なんてやめるからよぉこの通りだ!」

「どの通りなのか全く理解できません」

「俺が悪かったんだ、もう二度とスピード違反なんてしないからよぉ」

 武夫は逡巡した。道路交通法に当てはめるなら、スピード超過は間違いない。しかし、四輪車なら即時に運転停止を言い渡すほど悪質ではないし、反省もしている。三輪車である事は、罪を重くする理由にはならないだろう。

 三輪車を念入りに調べた。幽霊を搭載しているという主張はあるが、不審な点はない。

「今回は警告にとどめますが、今後は法律をしっかりと守りなさい」

「分かった、良かった! スピードと安全に気を付けるぜ!」

 三輪車の呼びかけに応えるように、翔は深々と一礼した。

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。道路もレースも安全運転を心がけます」

 翔は三輪車をこいで帰っていく。

 もう関わりたくないと、その場の警察官たちは思うのだった。

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