そこの三輪車、スピード違反です
今晩葉ミチル
暴走する物体
真夜中の道路を監視する数人の警察官がいる。物々しい雰囲気であった。
いくつもの通報があった。その内容は不可解であった。
近所を暴走する背の低い奴がいる。猿や猪ではない。
走り抜ける物体から奇妙な音や声が聞こえる。
真夜中に現れ、光る時がある。
一瞬で通り過ぎるため、姿がよく見えない。
共通しているのは富士山スカイラインで目撃されるという事だ。
富士山スカイラインといえば、静岡県の富士宮市と御殿場市をつなぐ県道の愛称である。富士山の南側に位置し、富士山の登山口のひとつである富士宮口富士山五合目まで行くことができる事で有名だ。浅間神社や白糸の滝などの観光名所へのアクセスも良い。
多くの登山者や旅行者に親しまれている大事なスポットだ。
そんな場所に得体の知れない物体が存在するのは一大事である。富士宮市民も御殿場市民も、一刻も早く対処するべきだという見解で一致して、県警を動かしたのである。
出現する時間帯はほぼ同じという報告がある。
警察官たちは暗闇に身を潜めて、静かにその時を待った。
そして、奇妙な音が聞こえだした。
キリキリキリという車輪が回る音だ。確かに猿や猪ではない。明らかに人工的な音だ。改造車だろう。
目を見張るべきなのは、そのスピードだ。
一瞬で通り過ぎ、物体の正体が確認できなかった。
警察官たちは一斉に各々の乗り物を走らせた。パトカーがサイレンを鳴らし、白いバイクが爆走する。
先頭を走る白バイの青年警察官・
時速80km。スピード違反である。
捕まえるべき対象である。
目を凝らすと、人間の大人より背が低い割に、横幅が広がっているのが分かる。ちょうど大人が両膝を曲げて広げているくらいだ。
武夫は声を出す。
「そこの改造車、止まりなさい!」
警告の意味も込めて、強い口調であった。
しかし、物体が止まる気配がない。
聞こえていないはずはない。警察官とカーチェイスをやるつもりなのだろうか。その割には呑気な会話が聞こえだす。
「父さん、今日は賑やかだね」
「そうだな、
翔という少年と父親の会話のようだが、物体には一人しか乗っていない。
奇妙な会話は続く。
「でも、改造車を捕まえたいみたいだよ。僕たちの走りは見てくれないかもね」
「仕方ないな。彼らも忙しいから」
父親が言葉を発する時に、翔を乗せる物体が青白く光る。
光ったおかげで全容が見える。
武夫は我が目を疑っていた。ありえない物体が爆走しているからだ。しかし、警察官として勘が働いていた。
自分の目は正しいと。
武夫の額にじっとりと汗がにじむ。間違っていたら真実と虚像の区別がつかない人間として、今まで培ってきた信頼が粉々に崩れ落ちるだろう。それくらいありえない事だ。
しかし、今は自分を信じる。
「そこの三輪車、スピード違反です! 止まりなさい!」
「え、僕たちの事ですか?」
暴走する物体――三輪車――は、あまりにも突然に止まった。
白バイとパトカーが対応しきれずに、三輪車を大幅に通り過ぎてしまうほどだった。
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