【短編】ジャンキー・ジェット・ファイアワークス

月見 夕

1.ラムネ中毒の花火師

道順ルート登録、表示完了」

「おう」

開始時刻スタートを1分後に設定セット。――準備は?」

 ヘッドホンから聞こえる少女の声に、俺はラムネ菓子の蓋を開けた。カラカラと音を立てて青い容器を傾け、中身を口の中に放る。

「OK、リリイ」

 口いっぱいに爽やかな甘酸っぱい味が広がる。耳元からリリイの怪訝けげんそうな声が聞こえた。

「……ねえ、いつも思うんだけど、ラムネ食べないと出来ないの?」

「分かってねえな……この甘酸っぱさと切なさと、花火の音と光が織りなす世界観に浸る感じが良いんじゃねえか」

 俺はもう一粒口に放り込んだ。リリイは大きな溜息を吐いて、

「ラムネ中毒者ジャンキーめ」

 そう呟いた。何だよ、案外楽しそうじゃねえか。

「――ジェット、そろそろ」

「ああ」

 ラムネの容器をポケット仕舞い、俺は額に上げていたゴーグルをセットした。暗視ゴーグルにより開けた視界に、リリイが送信した道順ルート、残弾数、残り時間タイムリミット点数スコアが表示される。

「風よーし、雲よーし、航空機よーし」

 夜空を指差して確認し、俺は火筒ランチャーかつぎ直す。装填された花火玉が、ずしりと肩に食い込んだ。

「ジェット、位置について」

 開始直前、俺は人気のない車道の真ん中に立った。坂の多いこの街では、こうやって坂の頂上に立てば眼下に夜景を望む事ができる。

 遠い街明かりを眺め、深呼吸。ラムネの香りが身体中に充満した。クラウチングスタートの姿勢でしゃがみ、スニーカーに手を添える。

「3……2……1……」

 リリイのカウントダウンが耳元に響く。

 スニーカーの脇のスイッチをONにし、ニトロエンジンを起動させた。

 さあ、今宵こよいの娯楽が始まる。

「GO!」

 掛け声と共に、俺は駆け出した。



 金色で表示された道順通りに坂道を駆け下り、初速を上げる。この風に乗る瞬間がいつも堪らない。視界に表示されたニトロシューズの出力が、そろそろ飛べる事を教えてくれる。

「いっくぜ――!」

 速度を上げ、ガードレールを踏み越えた。シューズに搭載されたエンジンが唸りを上げ、通常では有り得ない飛躍ジャンプ力を生み出し、民家の屋根へと飛び乗る。スピードを殺さないよう、屋根を転がり降り、次の屋根へと跳び移っていく。

「次は――電灯・電柱・煙突か」

 金色の線が、放物線を描いて三段跳びをしろと命じてくる。リリイの奴、無茶な道順で計画立てやがって……

「最ッ高じゃねえか!」

 彼女の望み通り、空中で回転しながら飛び移る。と同時に、ウェストポーチから癇癪玉かんしゃくだまを引っ張り出して投げた。

 俺の軌跡に、パパパパン!!と光と音が鳴り響いた。さあ起きろ、今宵もショーが始まるぜ。

 何事かとカーテンを開けて窓から顔を覗かせる住民を尻目に、俺は小学校の門を飛び越えた。



 開始から2分、第1ポイントは小学校の屋上。校門脇にある二宮金次郎像が背負うまきを蹴って飛び上がる。

 開始直前、屋上の給水塔脇に設置しておいた装置に駆け寄り、速度を落とさずすれ違いざまにスイッチを入れた。視界にカウントダウンが表示される。

「そこから飛んで、ジェット」

「おう!」

 ヘッドホンから鋭く響く少女の指示通り、屋上から空中へ身体を投げ出す。直後、屋上の装置から煙とともに花火玉が打ち上げられた。

 ひゅるるるるるる、と笛のような音を響かせ――空いっぱいに、轟音と共に青赤の大輪の花が咲いた。

 溶けかけのラムネが、口内で揺れる。

 視界に『いちのぼり笛付ふえつき芯入しんいり菊先きくさき青紅あおべに光露こうろ――了』の文字が浮かび、残弾数が減った。

「よっしゃ!」

 校舎の壁を蹴って落下の勢いを殺しながら、桜の枝にぶら下がって回転し、小学校を後にして次のポイントへ向かう。金色の道順が誘うままに建物を飛び回り、第2、第3、第4とスイッチを入れていく。

のぼり銀竜ぎんりゅう輝光きこう緑芯りょくしんにしき牡丹ぼたん群声ぐんせい――了』

さんのぼり曲導付きょくどうつき八重芯やえしん変化菊へんかぎく降雪こうせつ――了』

のぼりりゅう紅輝光芯べにきこうしん引先ひきさき光露こうろ――了』

 背中で爆音を感じながら、空中で俺はゾクゾクしていた。自由に夜空を舞い、染め上げる。ゲリラ花火師ファイアワーカー醍醐味だいごみだ。

「ジェット、急いで。気付かれた」

 ヘッドホンの声が緊迫感をびる。今日は早かったな。小学校の方からこちらへ、サイレンの音が響く。

「任せとけ!」

 残すところあとひとつ。俺は最終ポイントへ急いだ。ラムネの粒がほろりと崩れる。こちらもそろそろフィナーレだ。

 民家の屋根から看板へ、ビルの屋上を伝い、街の中心部・駅前の夜空へ飛び上がった。突然始まった花火を見上げる群衆の視線を浴び、最高点に達する瞬間。

「いっけえええええ!!」

 俺は担いでいた火筒ランチャーを天高く構え――本日最後の花火を打ち上げた。火花を散らしながら煙は空へと上り、今日一番の大輪を咲かせた。

『伍・のぼり小花付こばなつき芯入しんいりにしき冠菊かむろぎく先割さきわれ――了』

しまい

 視界の文字が点滅し、残弾数と残り時間が0の表示なった。

 俺は花火に沸く群衆をすり抜け、ビルの合間をうように走り、追跡をく。花火の煙が散る頃、警察車両が駅前に集まっていた。

「ギリギリだったね。お疲れさま」

「あんなトロい奴らに捕まってたまるかよ」

 笑いながら、リリイの示す退避の道順を走り抜ける。

 やがて、人気のない小高い丘にある公園に辿たどり着き、俺は滑り台の頂上に腰を下ろした。先程の音と光を追想し、完全に溶けたラムネと共に余韻よいんに浸る。

「はー、今日も飛んだ走った」

「反応も良い感じね」

 ヘッドホンの声通り、ゴーグルの視界には点数スコアとSNSの反応が表示される。この点数はリリイによってリアルタイムでエゴサーチにかけられ、ヒットした件数とポジティブな意見の度合いを数値化し、計算したものだ。

 スコア1580。最近の平均が1200前後だったから、反応は上々だ。SNSから抜粋ばっすいされたコメントも送られてくる。

『リアタイで見れた!花火きれー』『花火の音聞くと夏来たわって感じする』『何気なにげにリアル花火初めて見たわ』

 コメントのひとつひとつを確認し、心地良い疲労感に包まれる。

「はは、日本人はやっぱ花火だよな」

「私も最後の、あのシュワ〜シャラ〜ってなって柳みたいに落ちていくやつが好き」

冠菊かむろぎくだろ。お前結構な回数一緒に花火上げてるけど、全然名前覚えねえよな……」

 呆れる俺の言葉に、むう、と唸るリリイ。

「全部綺麗だからそれで良いじゃない。大体、細かすぎて素人じゃ見分けられないわよ。代々花火師ファイアワーカーのジェットと一緒にしないで」

 はいはい、とあしらい、ゴーグルのスイッチを切る。視界が再び暗闇に戻った。

「じゃ、今日はこれで」

「おう」

 素っ気ないリリイの声を最後に、ヘッドホンの通信が切れた。いつもこんな調子だ。

 俺達はお互いに顔も本名も年齢も知らない。ネット上で偶然知り合い、こうして不定期で花火を上げる仲だ。だがそれぐらいの距離感で良い。警察の目を盗んで花火を上げられれば細かい事は気にならなかった。

 俺は滑り台を滑り降り、火筒ランチャーを担ぎ直して帰路に着いた。

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