第76駅 音波相殺 ~コールマウンテン・ユーカリバシン間~

 数日後、リットリナさんが量産型魔力鉄道に乗ってやってきた。

 その魔力鉄道には、巨大なスピーカーのような物を乗せた車両が二台牽引されている。


「やあ、陛下。音波を武器にする魔物が現れたんだって?」


「そうなんだよ、リットリナさん。この量産型の機関車に牽かせている物がそうなの?」


「そうさ。音を使った魔道具はスタッキーニ王国にいたときから考案していてね。その時に音について色々調べたから、基礎的な技術はバッチリさ。

 ただ、当時はあんまり注目されず、支援も無かったから本格的に魔道具開発は出来なかったけど――今は陛下に支援してもらっているからね。温めいていたアイディアを色々試しに実現しているところさ。

 この道具も、そうやって温めていたアイディアの一つを応用して作れたよ」


 ほんとすごいな、リットリナさんは。音を利用した発想がすでにあったなんて。

 音を利用したセンサーとかの話をしたら、短期間で実現してしまうかもしれない。


「持ってきた魔道具の説明をしよう。一つは音波を発射して、コウモリ型の魔物――レゾナンスバットって言うんだっけ? そいつの音波攻撃を相殺する。もしかしたら、普通のコウモリみたいに音波をかき乱されて飛行が上手くいかなくなる可能性はあるけど……まあ、その辺は実際にやってみないとわからない。

 もう一つの方は、形は似ているけど全く違う能力を持っているんだ。それについては移動しながら話そう。一刻の猶予も無いんだろう?」


「そうだね。じゃあ、早速乗車しよう」




 レゾナンスバットに遭遇した場所までやってきた。案の定、件の魔物はまだうろついていて、僕達を見つけると早速攻撃しようとしている。


「リットリナさん」


「わかってる。それじゃあ鉄道隊の皆さん、よろしく」


 リットリナさんが合図をすると、鉄道隊の人達が列車を降りて準備する。

 操作しているのは、リットリナさんが持ってきた大型魔道具の一つ『音波照射器』。鉄道の台車に乗せて持ってきた二つの魔道具の内の一つだった。


「照射開始!」


 鉄道隊長の合図で音波照射器を起動させると、レゾナンスバットは攻撃を仕掛けているはずなのに列車は全くダメージを受けなかった。


「成功だ! 魔物の音波を相殺できたんだ!!」


 リットリナさんがうれしそうに叫ぶ。

 この魔道具の仕組みは簡単で、レゾナンスバットが発する音波の位相をずらしたものを照射し、相殺させているんだって。

 さらに、思いがけない効果があったんだ。


「あら? レゾナンスバットの動きがふらついているような……」


「ほんとなのだー。ヤツのあんなすがた、はじめて見たのだー」


「……なるほど。聖獣を殺すほどの魔物とは言え、ああいう所はコウモリそっくりなんだね」


 アンやエディは不思議がっていたけど、リットリナさんは原理に心当たりがあるらしい。


「普通のコウモリは、音波を使って周囲の状況を把握しているんだ。この生態はレゾナンスバットも同じらしいね。余計な音波を浴びたせいで周囲の状況や自分の姿勢を把握できなくなり、飛行が不安定になったんだ」


 リットリナさんの説明には納得できる物がある。音波照射装置の音を浴びたせいで、レゾナンスバットは上手く飛べなくなったんだ。


「とにかく、これはチャンスだ。機関銃を撃て!」


 この隙を逃さず、鉄道隊長が攻撃命令を下す。

 上手く飛べないレゾナンスバットには簡単に当たったんだけど……。


「なんだ!? ダメージを受けている様子が無いぞ!!」


 なぜか、こちらが与えた傷が想定よりも浅かった。


「ちょっと待っててくれないか」


 すると、リットリナさんが計器をいじり始めた。

 どうも音波照射装置には計器類が組み込まれているらしく、遠隔でそれらを見ることが出来るらしい。


「当然って思うかもしれないけど、レゾナンスバットは毛や皮膚が丈夫らしい。でもそれだけでは傷が浅い説明が付かない。

 それで計器を見たところ、どうもレゾナンスバットの身体にまとわりつかせるように音波を出しているようだね」


「それだけで、傷が浅くなるのですか?」


「そうだよ、王女殿下。さすがにレゾナンスバットの身体近くまでは音波照射装置でも干渉できないからね。でも、銃弾を破壊できる最適な照射方法とは言えない。せいぜい銃弾をもろくするくらいさ」


 つまり、レゾナンスバットは自分の音波が無効化されるのを理解したから、とりあえず無効化されないように音波を出す方法に切り替えた。

 銃弾を完全に破壊できないけど、とりあえずもろくさせて後は丈夫な毛や皮膚で受け止める方法に切り替えたんだ。

 それが、軽傷しか与えられない理由なんだ。


「どのみち、あのコウモリの魔物はここで終わりだよ。音波照射装置の技術を応用して作ったアレがあるからね。鉄道隊長、魔法増幅装置を使おう」


「了解した。魔法増幅装置で魔法を撃て!」


 鉄道隊長の命令で、魔法を使える鉄道隊員達がもう一台目の魔道具――『魔法増幅装置』に集合し、それを使って魔法を発射した。

 その魔法の威力は絶大で、火魔法なら巨大な火球が剛速球で飛んでいったし、水魔法ならミサイルのような水が一瞬でレゾナンスバットとの距離を詰めていた。


「元々、魔力は個人でちょっとずつ質が違うことがわかっていたんだ。ただ、なぜ違うのかが長い間よくわかっていなかったんだよ」


「え、そうなの!?」


「ああ。でも、レゾナンスバットの話を聞いて、その謎が解けた。魔力は『波』で、質の違いは波長の違いによる物だったんだ」


 レゾナンスバットは、音波を操る能力を応用して魔力波を操り、レイラインや聖樹から発せられる魔力を緩和させる能力を持っている。

 トムから受けた説明でなんとなく聞いていたけど、実はこの世界にとってとんでもない発見だったんだ。


「魔力が波なら、同じ波長のより強い波を合わせてやれば魔法を増幅させる事が出来る。操るのが音波か魔力かの違いだけだから、音波照射装置を開発した技術ですぐ制作できたよ」


「そうなんだ。でも、確か風魔法を増幅させる魔道具も作ってたよね?」


 トレビシック王国のバニスターを奪還する作戦の時に、パラシュート弾を城壁内に送り込むため、ハンディ扇風機みたいな魔道具で風魔法を強化していたはず。


「原理が違うね。陛下が言っている魔道具は、周囲の風を風魔法と合わせる仕組みになっている。だから風魔法限定で増幅させる。

 でも魔法増幅装置は、魔力そのものを増幅させるんだ。だから、原理上は増幅させる魔法の種類を選ばない」


 リットリナさんの説明を聞いている内に、事態が動いた。

 実弾と魔法を同時に撃たれるのはさすがにキツかったのか、レゾナンスバットは被弾を繰り返し、高度を落としてきた。


「いまなのだ!」


 その瞬間、エディが飛び出した。

 エディは大きく飛び上がり、レゾナンスバットを殴りつけ完全に墜落させた。


「ママが殺されたのは、おまえとの生存競争にまけたから。自然の掟だから、おまえにうらみはないのだ。ない……はずなのだ。

 でも! ぜんぜんむねのモヤモヤがとれないのだ! トシノリとアンとあって毎日たのしいのに!! モヤモヤはちいさくなるだけで!! きえないのだ!!

 だから、おまえを……!!」


 その瞬間、エディはレゾナンスバットの頭を踏みつけた。

 バキッ!! という硬い物が砕かれる音が、戦場にこだました。


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