第74駅 車両のブティック ~セントラルシティ~
続いて僕達は、セントラル駅のグラニット号を停めてあるホームに向かった。
「新型車両の方だけど、こっちは昨日の夜に連結してあるんだ」
「本当ですね。イエローゴールドに青のラインがデザインされている車両ですか」
「見た目は、レトロスイート車とかわらないんだなー」
外見の感想を一通り言い終わると、僕達は車両の中に入った。
レトロスイートカーと同じく外開きの扉、次いでデッキの扉を開き中に入った瞬間。
「いらっしゃいませ」
「え、えーと……君は?」
「トム・クラークです。販売車のクラークと同じですが、この『ブティック車』に合うように衣装を替えています」
そうなんだ。確かに、目の前にいるトム・クラークは、高級百貨店の店員さんのように上等なスーツを身につけている。
パッと見ただけでは、販売車のトム・クラークと同じだとは思えない。販売車の方は、コンビニの店員さんみたいな感じだったし。
「トシノリさん。『ブティック車』というのがこの車両の名前なのですか?」
「そうだよ。販売車と同じく、物を販売する車両みたいだね」
「とっても気になるのだー!」
というわけで、僕達はブティック車で売られている品物のチェックを始めた。
このブティック車、アンティーク調のショーケースが壁際にズラッと並んでいる。窓際にはカウンター型のショーケースがあり、その奥にトム・クラークが詰めている。
反対の窓側にはハンガーラックが配置され、衣類が陳列されていた。
「食品関係はこちらになります」
「おー、なんだかおもったよりも少ないんだなー」
エディは、食べ物が気になっているみたい。
ただ、ブティック車で売っている物全体に比べれば、食べ物は種類が少ない。
「主に贈答用のチョコレートやお酒、シェフ監修の調味料やソースを主に販売しております」
「じゃ、チョコレートをもらうのだー」
チョコレートを購入。その場で開封し、一口味見してみる。
「これはなんなのだー!? ふだん食べるチョコレートとぜんぜんちがうのだー!!」
グラニット王国ではカカオの栽培を始めたこともあり、チョコレートも菓子職人の手で製造されている。
けど、この世界ではチョコレートは知らされたばかりのお菓子だから、まだまだ技術が未熟で荒削りなんだ。僕も前の世界の一流職人の技を全部知っているわけじゃないし。
でも、ブティック車のチョコレートはかなり洗練されていて、贈答用として申し分ないくらいおいしいらしい。
「他にもナッツやドライフルーツをチョコレートで包んだ物もありますよ」
「それじゃあ、それもたのむのだー!」
一方、アンは衣類コーナーで商品を物色していた。
「アンは服を探しているんだ」
「はい。私たち、フォーマルな服をあまり持っていませんから」
僕達は、鉄道員の制服をフォーマルな服として扱っている。
というのも、グラニット王国の建国式典を行った当時、南部大陸にいた人間は僕、アン、エディの三人だけ。このうちフォーマルな服を持っていたのは、ドレスを何着か持ってきていたアンだけ。
そういうわけで、僕がスキルで建てた駅の仮眠室のロッカーにあった鉄道員の制服ぐらいしか式典にふさわしい服が無かった。
つまり、手に入る服が限られていた状況下での、苦肉の策だったんだ。
人が集まり、開拓が本格的に始まった現在では繊維も服飾職人もいるので、フォーマルな服は手に入れられる。
けど、開拓はまだまだ終わらないから、作業に適した、動きやすくて丈夫な服が最も需要がある。
フォーマルな服は、まだまだ生産数が少ない。
そういった理由から、僕達はこの世界の上流階級としては、フォーマルな服やアクセサリーの所有数がかなり少ない部類に入る。
「そういうわけなので、この際ある程度フォーマルな服やアクセサリーをそろえてしまおうかと」
「そうなんだ。似合うものが見つかるといいね」
「他人事のように言ってますけど、トシノリさんの分も買いますから。もちろんエディさんのも」
「え?」
それから、僕とエディはアンの着せ替え人形と化し、いろいろな服やアクセサリーを試させられた。
エディは最初ノリノリだったけど、途中からアンの熱量に押され気味になり、最後にはヘロヘロになってしまった。
僕? 早い段階で疲れを感じたけど。
「――さて、私の買い物は以上ですけど、トシノリさんは何か購入されないのですか?」
「僕? うーん……」
正直、常に車両編成に組み込むつもりだからいつでも買えるし、今買わなくていい気もするけど……。
そんな中、ショーケースの中のある物が目に入った。
「これ、テディベア?」
「そうです。トム・スタッフズの衣装を着せたテディベアですね。当ブティック車のイチオシ商品として扱っております」
そういえば、ヨーロッパを走るレトロな豪華列車も、お土産としてスタッフの制服を着せたテディベアを取り扱っていて、かなり有名だと聞いたことがある。
でも、僕はあんまり興味ないんだよね……。
そんな中、ある商品に気がついた。
「これ、本?」
「はい、その通りです。グラニット王国の魔力鉄道を舞台にしたミステリー小説を取り扱っております」
あ、それは興味ある。
世界的に有名なトレインミステリーも、その舞台になったヨーロッパで走るレトロな豪華列車で特別装丁版が販売されているらしいし。
「書籍類ですが、実はどんどん種類が増えていきます。現実のグラニット王国の情勢や魔力鉄道の状況を反映して、新しく物語が書かれていきますので」
うわ、すごい興味ある!
それに、列車の旅は楽しいけど暇な時間が多いのも事実。一応国王だから仕事が多いし、移動中も仕事をしていたりするけど、それだけで時間が丸々潰れるとは限らないし。
「これ、買います!」
「ありがとうございます」
さて、次の列車移動の時にでも読んでみよう。
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