第71駅 疫病・続々と舞い込むトラブル ~セントラルシティ~

 発生したという疫病について詳しく話を聞くため、僕達は王宮の会議室に移動した。


「症状としましては、高熱、寒気、頭痛、筋肉痛などが報告されています。しかし、最も特徴的なのは体温が上がったり下がったりする点でしょう」


「体温が上がったり下がったりする?」


「はい。数日おきに解熱と高熱を繰り返しているのです」


「聞いたことがない症状ですね……」


 アンは疫病の特徴的な症状に驚いている。この世界でも一流の教育を受けてきたであろうアンでさえ知らないなんて、おそらくこの世界の人達には知られていない病気なんだと思う。

 けど、この症状、どこかで聞いたような……。


 報告を聞いている最中、会議室の扉が開いた。

 やってきたのはリットリナさんだった。


「失礼するよ。例の疫病について新しい情報を持ってきた。みんな、顕微鏡を使った研究は知っているね?」


 実は、何度かリットリナさんと会っている内に、僕が顕微鏡や微生物についての話をちょっとしたことがあった。

 すると、なんとリットリナさんはたった数日で顕微鏡を作り上げてしまった。

 そして顕微鏡がブルネルさんを始めグラニット王国の高官に認められ、顕微鏡を使った研究チームを発足させた。リットリナさんも技術者として名を連ねている。


「顕微鏡研究チームにいる医者の一人が、患者の血液を顕微鏡で観察したら、明らかに普通じゃないモノが見つかったんだ。さらにチームメンバーの錬金術師が、その異物を染める染色液を開発して見やすくした。それがこのスケッチさ」


 リットリナさんから手渡されたスケッチを見た。

 そのスケッチには、赤血球の中にナニカがいるのが見て取れた。


「ヒモっぽいのだー」


「ですね。これが疫病と関係があるのでしょうか?」


「……マラリアだ」


 僕だけがわかった。

 前の世界では本で読んだだけだけど、そんな僕でも一目でわかるスケッチだった。

 報告された症状について完全に思い出せた。マラリア特有の症状なんだ。


「『マラリア原虫』っていう寄生虫に感染して起こる病気だよ。熱が上がったり下がったりするのは寄生虫の成長サイクルによるものなんだ。赤血球に潜伏しているときは発熱しないんだけど、成長して赤血球を破るときに発熱するんだ」


「なるほど……。ですが、どうやってマラリア原虫は体内に侵入するのでしょう?」


「蚊だよ、アン。蚊を媒介にして血を吸うときにマラリア原虫が侵入するんだ。だからとにかく、蚊を撲滅するところから始めるんだ。水たまりを徹底的に潰して、タンクや水瓶には蓋をする。出来ない場合は、虫を食べる魚を飼うんだ。

 ところでブルネルさん。患者の治療はどうなってるの?」


「今のところ、グラニット王国で手に入る香辛料系の薬や回復魔法で、症状に合わせて対処療法的に治療しております。しかし根本的な解決になっていないようで、いつ死者が出てもおかしくないそうです」


 やっぱりそうなんだ。マラリアは発症してからすぐ治療をしないと、簡単に死んでしまうらしい。

 はやく根本的に治療をしないと、爆発的に死者が増えてしまう。


「エディ。枝が赤くて、葉が赤くなる事がある木に見覚えはある?」


「うーんと……ああ、あるのだー! コールマウンテン、だったかー? それよりも南のりょういきにあった気がするのだー!」


「ありがとう。その木が、僕が考えているものと同じなら、それが薬になるんだ」


「わかりました! すぐに出発の準備をしましょう!」


 アンの言葉でみんなが立ち上がり、薬を探す旅の準備をしようとしたその時、またしても扉が開かれ、王宮のスタッフがこう報告した。


「失礼します。スタッキーニ王国の使者の方がお見えになっております。大至急、陛下にお伝えしたいことがあると」


 どうやら今回の事件、一つずつ片付けてもらえそうにはないみたい。




「バルツァー帝国との和睦会議が破談しました」


 開口一番、使者はそう告げた。

 トレビシック王国、スエノブ皇国、メイデン共和国らが参加した対バルツァー帝国連合軍は、バルツァー帝国に奪われていた地域を全て奪還した。

 後は和睦を受け入れさせるための交渉に入っていたんだけど……。


「やはり、帝国は譲歩しませんか」


「その通りです、アン王女殿下。あの国の事情を考えれば予想していたことではありますが……。むしろ『奪った土地を返せ』と平然と言い放ってきましたからね」


 バルツァー帝国では、戦争によって奪った土地から略奪したり、支配した土地から財産を搾り取ることで帝国民を手厚く保護しているシステムを取っている。だから帝国では貧困は全く存在しない。

 もちろん、こんなやり方は他の国にしてみれば迷惑千万な話。『貧困や福祉対策は結構。でも自分たちの金でやれ!』と、どの国も言いたいはず。


 そういう事情なので、バルツァー帝国からすれば戦争をやめるわけにも行かない状態に陥っている。戦争をやめて略奪や支配領域の拡大が停止してしまえば、帝国民を保護する金が尽きてしまうから。

 そんな状態になったら、どんな事が起こるか想像も付かない。


「そういうわけで、これから我々は元からバルツァー帝国の領土である地域に攻め込まなければならなくなりました。ですので、グラニット国王陛下にもさらなる助力をお願いしたく……」


「それはかまわないけど……」


 バルツァー帝国は、今のままでは僕達にもいずれ危害が及ぶ。だからここでお灸を据えて、略奪をやめさせるようにさせるのは賛成。

 だけど、今の事情じゃどこまで支援できるか……。

 アンに目配せをして、話してもいいか伺ってみる。


「話してもいいのではないでしょうか。こういう時にも、今まで行ってきた支援が生きてくると思いますよ」


「わかった。……実は、今この国では疫病が流行しかかっている。蚊を媒介にした病気なんだ。薬の当てが出来たからこれから探しに行くんだけど、それまでどのくらい支援が出来るか不透明で……」


「なんと、そういう事情だったのですか。我々も協力しましょう。実は、我が国には殺虫成分を持った花が自生していまして。それがスエノブ皇国に伝わり『ジョチュウギク』と名付けられているそうで」


 ジョチュウギク!? 蚊取り線香の原料になる花だ! この世界にもあったんだ!


「そしてスエノブ皇国のお香の技術を転用し『蚊取り線香』という殺虫器具を発明したとか。他にも『蚊帳』という蚊除けの道具もあるそうで、スエノブ皇国やメイデン共和国で普及しているようです。

 よろしければ、我々の方からグラニット王国に納入するよう二国に口添えをいたしましょうか?」


「ありがとう。助かるよ」


 なんと、この世界にはすでに蚊取り線香と蚊帳があった!

 二つとも、蚊を媒介にする病気を防ぐのに欠かせない道具だよ!!


「じゃあ、そちらへの支援についてはブルネルさんと相談して。蚊取り線香と蚊帳の輸入についても同じように。じゃあ、すまないけど僕達は出かけなくちゃならないから」


「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。どうかお気を付けて」


 バルツァー帝国についてはこれから泥沼になりそうで頭を抱えるけど、蚊対策ができる品を入手できる手立てが出来たことだけは助かった。


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