第62駅 両親の死の真相 ~ターンブル~

 それは、バルツァー帝国の将校クラスの捕虜を尋問していたときだった。


「前国王夫妻の最期について知っている」


 そう切り出した将校は、前国王夫妻――つまりアンの両親の死について語り出した。

 王宮になだれ込んだバルツァー帝国の兵士相手に剣や魔法で戦っていた夫妻だったが、やはり多勢に無勢で殺されてしまった。

 状況的に言えば、戦死に近いものだったらしい。


 問題はその後。


「前国王夫妻の遺体は、我々が秘密裏に火葬し、念入りに砕いて粉にした。その後、バルツァー帝国の勢力圏内の沖合の海に散骨した。

 一カ所では無く、複数箇所。あらゆる海に撒いた。正確な位置や何カ所で撒いたのか、俺にはわからない。おそらく帝国の上層部で無ければ知らないと思う」


 それが、アンが必死に探していた両親の遺骨の在処の真相だった。




「……そうだったんですね。別に私はその可能性を考えなかったわけではありませんが――むしろ可能性が高いと思っていましたけど――万が一があると思って隅々まで捜索をしていましたが、そうですか――」


 アンが今まで探していたのは、自分の両親の遺体、ないしは遺骨だった。

 だけど、僕とエディが立ち会った尋問の場で、遺骨の行方が明らかにされた。二度と回収できない状態にあることも含めて――。


「……ちょっと、王宮をあちこち歩き回って疲れてしまいました。少し早いですけど、私は自室で休みますね。トシノリさんとエディさんには客間を案内するよう伝えておきますので、いつでもお休みになってくださいね」


 そう言って、アンは地下牢から出て行ってしまった。

 アンは僕が真相を告げた時、表情を変えず冷静なままだったけど、僕は気づいていた。一瞬、悲しそうな顔をしていたのを。


 その日の夜、太陽が昇るまで女の子の泣き声が王宮中に聞こえていた。

 アンの部屋から遠いはずの、僕とエディが止まっている客間でさえもハッキリと聞こえていた。




「昨日はご心配をおかけしました」


 翌朝。朝食を取りに食堂へ向かうと、そこにはいつもと様子が変わらないアンがいた。


「その……本当に大丈夫? 何も声をかけられなかった僕が言うのもアレだけど」


「大丈夫です。一晩部屋にこもったら心の整理がつきましたから。それに、トシノリさんが気に病む必要はありません。誰だって私のような状況にいる人を見たら、どう声をかけていいかわからないものです」


 本当にアンは大丈夫みたいだ。昨日みたいに感情を抑えて、平然と振る舞うよう必死に耐えている声には聞こえない。

 ――なんていうか、アンは本当に強い人だと思う。自分の大切な人が亡くなって、遺骨も手が届かないところに捨てられたっていうのに、たった一晩で気持ちを切り替えられるんだから。


 すると、エディがおもむろに口を開いた。


「……むかし、ママから聞いたのだ。いきものは死んでもきえないって。そこに生きていたってあかしは、ぜったいに消せないって。だから、アンのパパとママは……」


「ありがとうございます、エディさん。エディさんのお母様が言おうとしていたこと、なんとなくわかる気がします」


 僕もなんとなくわかる気がした。多分、エディのママは自然界の食物連鎖の解釈を伝えたかったんだと思う。

 生き物は、どんな存在でも死ねば別の誰かの食料になる。ということは、死んだ者は誰かの血肉となって存在し続けると捉えることも出来る。

 それが、『死んでも消えない』の意味だと思う。


 アンの両親の場合、遺骨は粉にされて海にばらまかれたのだとしても、人間の手で回収できなくなっただけであって微粒子レベルでは存在し続けている。

 仮に別の生き物の食料になったとしても、その生物の血肉となってアンのご両親は存在を続けているはず。


「その、さ。昨日、寝る前にエディと相談したんだ。トレビシック王国を取り戻したら、アンの両親の葬儀をやろう」


「え……。ですが、もう遺骨は……」


「木像で代用する。僕のいた世界にそういう前例があるんだ」


 思い出したのは、織田信長の葬儀。

 織田信長は本能寺の変の後、遺体は発見されなかった。そこで葬儀を主催した羽柴秀吉は、信長の木像を用意して葬儀を行ったらしい。


 この事例を参考に、木像を使った葬儀を思いついたんだ。


「葬儀の意味は色々あるけど、その一つに残された人たちの心に区切りをつける効果があるんだ。アンは切り替えられたみたいだけど、両親を慕っていた人たちが同じように切り替えられるとは限らない。

 だから、葬儀はやった方がいいと思うんだ」


「……そうですね。やりましょう、両親の葬儀を! みなさんで生きて、この国を取り戻して、国を挙げて葬儀を行いましょう!!」


「よーし、エディも狩って狩って狩りまくってやるのだー!!」


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