第34駅 食堂車と二つ目の―― ~クロスタウン~

 目標としていた繊維は無かったけど、ナッツガーデンの探索はある程度の成果を収めた。

 ただ、行きの時にアンとエディの子作り馴れ作戦が発動し、シャワーを浴びているときに乱入するわベッドで一緒に寝るわで大変だった。

 特に、僕達は年齢的にまだまだ小柄とは言え、シングルベッドに三人一緒に寝るというのは少し無理しすぎなのではないかと思う。まぁ、それが目的なのかも知れないけど……。


 そんなことより、各地への探索や物資輸送、スタッキーニ王国への往復等で経験値が溜まり、スキル魔力鉄道のレベルが五十に上がった。

 それによって新車両が使えるようになったので、アンとエディに一足早くお披露目することになった。


 クロスタウンの駅のホームに集まると、停車しているグラニット号の寝台車の後に連結させるように新車両を出した。


「それじゃあ、召喚開始!」


 出現したのは、青色をベースに金色で植物模様の装飾を施した列車だった。


「さあ、中を確かめよう」


 僕は内開き式の扉に手をかけ、扉を開けた。

 さらにデッキの扉を開けると――。


「狭いのだー」


「すれ違うだけで大変そうな廊下ですね」


「あ、ここにドアが」


 壁に扉があったのでそこを開けると、そこには白い空間があった。

 中央に巨大な作業台、そして多口コンロ、オーブン、グリル、その他調理家電が。さらにフライパンや鍋などを引っかけておくスペースがある。


「もしかして、ここ、キッチンですか?」


「そうみたいだね。もっと詳しく調べようか」


 引き出しや戸棚をよく調べると、多種多様な包丁、菜箸、フライ返し、ヘラなどの調理道具があった。

 食器棚を開けてみると、高級そうな箸の他に銀で出来たカトラリーが。食器は一級品の証である真っ白な陶磁器で、縁にグラニット号のロゴである『GR』を崩したマークが金色に印字されている。


「このグラス、スタッキーニ王国で見たものとは形が全然違うのだー」


 エディが発見したグラスは、土台に大きな玉を付けている不思議な形だった。どうやらこの車両のグラスは全てそうらしい。


「それは、重心を下に持ってこさせるための工夫だよ。そうすれば、揺れる列車の中でも倒れないからね」


「なるほどー。かしこい形なんだなー」


 一方、アンはコンロの方が気になるようだった。


「このコンロ、火が出ないんですね。しかも熱も一切無い……。本当にコンロなんですか?」


「IHヒーターって呼ばれている方式だね。僕達の世界では、比較的最新式のキッチン設備なんだ。簡単に言うと、磁石の力で鍋やフライパンそのものを発熱させるんだ」


「不思議ですね。でも、火が出ないのは揺れる車両では正解ですね」


 さらに調べた結果、このキッチン設備は車両の三分の一の割合を占めていることがわかった。

 そして、僕達にとって嬉しい設備が……。

「これ、もしかして乾燥機と製粉機!?」


「トシノリさん、それって、つまり……」


「香辛料を乾燥させたり、粉末に出来る」


「おお、ようやく売るだけだったアイツらが食べられるんだなー!!」


 南部大陸中を動き回る僕達の生活スタイルの関係上、乾燥や加工に時間がかかる香辛料はただ売るためだけの存在で、僕達が使えることは一切無かった。

 今は南部大陸に人が増え、いずれは香辛料専門の職人が生まれるだろうけど、まだまだ時間がかかりそうだった。


 でもこの機械さえ在れば、移動しながら香辛料が加工でき、使えるようになる。

 僕達の悲願の一つを叶える設備だった。




 キッチンを後にし、残りのスペースを見ていく。

 残り三分の二の空間は、食堂になっていた。


 そう。この車両は『食堂車』。文字通り食事を作ったり食べたりする車両なんだ。


 まず、キッチンとは大きなカウンターで繋がっている。ここから料理を受け渡したり、食べ終わった食器をスムーズに返却したりできる。


 床は青い絨毯が敷かれ、テーブルとイスは右側が四人掛け、左側が二人掛けになっている。

 イスは分厚く、床と同じ青系統のカバーで覆われたクッションがはめ込まれている。

 テーブルには花瓶とガラスランプが置かれ、食事できる人数分のナプキンが三角形に近い形状で折りたたまれ、立てられている。


 天井は固定式のシャンデリア、壁には十何本もランプが設置されており、明るく豪華な食事空間を演出している。


「このガラス細工――技術はもちろん、デザインも素晴らしいですね。見たことはありませんが、魅力を感じます」


 アンが見ているのは、窓と窓の間に飾られたガラスのパネルだった。女神の姿が彫刻されている。

 で、このガラスパネルに僕は既視感を覚えていた。


「僕のいた世界に、昔ルネ・ラリックっていう有名なガラス芸術家がいたんだけどさ、なんかその人の作品に似てるなぁ」


 よく見ると、テーブルランプや壁ランプといった食堂車のガラスインテリアは、どこかルネ・ラリックを想起させるデザインだった。

 そういえば、ヨーロッパを横断する有名な豪華寝台列車の食堂車はルネ・ラリックの作品を飾っているらしいし、もしかしたらそれを意識しているのかも知れない。


 その後も食堂車を見て回ったけど、後部デッキにトイレがあるだけだった。コンパートメント車と同じスタイルのトイレだった。


「これで、旅の途中でも料理して食事が出来るんですね」


「販売車の食べ物もいいけど、トシノリの料理も最高なのだー!」


「ありがとう。実はスキルレベルが五十になって使えるようになったのは食堂車だけじゃないんだよね」


 なになにー? と期待の眼差しを向ける二人に対して、僕はこう告げた。


「その……二両目の機関車が増えた」


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