第32駅 繊維と牛と ~バッファローポンド~

「繊維が欲しい?」


 次の未踏領域の探索について計画を練っていると、ブルネルさんがやって来て要望を述べた。


「はい。現在、住宅に関しては木がたくさんあるので大きな問題はありません。あえて言えば人手不足で満足に需要が満たせないことですが――時間が解決するでしょう。一通り住宅が完成すれば、需要は落ち着きますから。

 食料は十分すぎますね。南部大陸各地から魔道鉄道で運ばれていますし、栽培を開始した作物は異常成長を遂げていますし」


 そう。単純に耕しただけ、肥料もその辺に落ちていた落ち葉を適当に発酵させて作った物で、お世辞にも満足な農業とは言い難いんだけど……なぜかどの作物も急成長しているらしい。今のペースだと、種や苗を植えてから三ヶ月で収穫できそうだとか……。

 おそらく、レイラインの深さが北部大陸よりも浅く、さらに聖樹という存在が作物の急成長を促しているんだろうと言われている。ついでに肥料に使った落ち葉の中に、聖樹の落ち葉が混じっていた可能性もある――とリットリナさんが指摘していた。


 とまぁ生きる上では問題はなさそうなんだけど、今現在不足している物が繊維だった。

 まだ南部大陸では発見されていないので、完全にスタッキーニ王国からの輸入に頼っている。しかもスタッキーニ王国は繊維の生産はそんなに多くなく、必然的に輸入が多い。

 つまり、その分経費が上乗せされているので、僕達が手に入れるとなるとかなり割高な値段で買わなければならない。

 さらに、高めな値段設定でもまだ需要を満たせているとは言い難い。


「そういうわけでして、なるべく繊維を優先して探していただければと……」


「話はわかるけどさぁ、どんな領域なのかは入ってみないとわからないんだよね……」


「トシノリさんの言うとおりです。どんな特徴の領域かは、完全に運なのです。あえて言うのならば、『繊維がある領域でありますように』とお祈りするくらいしか手立てがありません」


 と、僕とアンとでブルネルさんのお願いに添えられるかどうか保証は出来ないと話をしていたとき、エディが口を開いた。


「なあなあ、センイって、要するに要するに着る物の事なのかー?」


「うん。まぁ、服の材料にはなるよ」


「だったら、エディが知っているのだー!」


 なんと、エディが情報を持っていた。

 よく考えてみれば、エディはずっと南部大陸で生活していたわけだから、誰よりも土地勘がある。

 ただ、文明と離れた生活をしていたので、エディが持っている概念と僕達の概念が一致しているかどうかは不明だけど……。


 でも現在、エディの情報しか手がかりがないので、その情報を元に探索に行くしか選択できなかった。




 エディの情報を元に、ターキーウッズから東に列車を走らせている僕達。

 今回は、僕、アン、エディの他にもう一人同乗している。


「今回は未踏領域の探索への同行をお許し下さり、誠にありがとうございます」


「いえ。必要なことなので気にしないで下さい」


 同乗者は、グラニット王国の冒険者ギルド長、エドワードさんだった。

 今後、未踏領域の探索に冒険者の力を借りることを見越し、探索の雰囲気ややり方を掴んで貰うため同行して貰った。

 ただ、この提案をしたのはエドワードさん本人なんだけど……。


「まず、聖樹の領域はほぼ間違いなく聖樹を中心とした円形に展開されています。僕達は必ず聖樹の根元に停車し、そこに駅を作ることにしていますので――」


「ある程度は車窓から領域の様子がわかる、という事ですね」


 流石は元優秀な冒険者だったエドワードさんだ。僕が言いたいことを言う前に理解している。


 で、肝心の車窓の光景はというと……。


「牛?」


「牛ですね」


「牛ばかりですね」


 なぜか牛ばかり目に付く。繊維が採れる植物や動物は一切見当たらない。

 それはさておき、領域の中心部に到達するとすごい光景が目に飛び込んだ。


「池の中心に、聖樹が……?」


 なんと、領域の中心部に巨大な池があり、池の中心から聖樹が伸びていた。

 こんな光景、他の領域では(今のところ)見られない。


 当然の事ながら、聖樹の根元まで行くことが出来ないし駅も建てられないので、池の南側に駅を建てた。

 後で北側に貨物駅を建てる予定。実は南部大陸に人々が移住した関係で、貨物駅の需要が発生した。

 そのため、現在では今まで建てた駅の聖樹を挟んだ反対側に貨物駅を建てている。


「しっかし、牛ばかりですね。本当に繊維なんてあるんですか?」


「あの牛、北部大陸の牛とちょっと違いますね。頻繁に水浴びをしているし……」


「多分、水牛じゃないかな、アン。水浴びや泥浴びをして日よけや虫除けをしているんだ」


 まぁそんなことより、聞いていた話と違う。繊維があると話していた当の本人に目線を合わせた。


「センイならあるぞー? 夜とかで寒くなると、ママが食べた牛の皮をエディにかぶせてくれたのだー!!」


 ああ、確かエディは繊維のことを『着る物の材料』と認識していた。だから、皮はそういう意味では間違ってはいないんだけど……。


「ごめん、エディ。もっと詳しく説明するべきだった」


 とりあえず、この領域は水牛の池という意味で『バッファローポンド』と命名。駅にも同じ名前が付けられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る