第29駅 魔力鉄道量産計画と染料 ~クロスタウン・コチニールウィルダネス間~

 クロスタウンへの入植が開始されて早々、ブルネルさんから面会の要請があった。

 なんでも、これからのグラニット王国の運営方針に関わる人物で、なるべく早く僕達に会って貰いたいらしい。


 そういうわけで、早速僕達が宿舎にしている駅舎へ来て貰った。


「君が噂の少年国王とその許嫁の方々だね? 初めまして。魔道具師のリットリナと言います」


「おい、その言い方は失礼だろ? ……俺の幼馴染が失礼致しました。建築士をしておりますマリーノと言います」


 やって来たのは、男女二人組。共に十八歳らしい。

 そして二人は幼馴染だという。


 この二人を僕に会わせた理由を、ブルネルさんが説明した。


「マリーノさんは建築士で、開拓には欠かせない人材です。そしてリットリナさんは魔道具師なのですが、彼女が未来のグラニット王国の命運を分ける人材と見ています」


「ああ、もしかして、魔力鉄道の量産のこと?」


 グラニット王国が丸々支配している南部大陸は、陸の群島の様な物。人が住めるのは聖樹の領域だけで、それ以外は北部大陸よりも強力な魔物の支配領域だった。

 この領域同士をレイラインが結んでいるように存在していて、レイラインの上であれば魔物は侵入できないんだけど、南部大陸の魔物は魔法が使える種類がゴロゴロいるから絶対安全ではない。さらに短時間ならレイラインを通過できる種類もいる。

 しかも、領域同士の距離が北部大陸の街や村の間隔とは比にならない位遠い。そして前述の南部大陸の魔物の特徴から、野宿は絶対にやめた方がいい。

 こういった理由から、この世界の陸上交通手段である馬車は領域内での交通でしか利用できない。


 でも外貨の獲得のために北部大陸へ定期的に足を伸ばす必要があるし、さらに南部大陸各地の産品を集めてくる必要がある。でも、そんな仕事量をたった一両しかない魔力鉄道――すなわちグラニット号だけでやりきろうとすると、絶対に手が足りなくなり、破綻してしまう。


 だから、早急に魔力鉄道を量産する必要があった。

 幸い、以前トムが『基本的な技術であればこの世界の住人でも模倣可能』と言っていたので、いずれは大量の列車が南部大陸中を駆け回ることは可能だと予想している。


「特にリットリナさんは、ウリッセでは天才魔道具師と言われていた人物でして。スタッキーニ王国民の枠に入っていたのが幸運に思えました」


「え? リットリナさんってスタッキーニ王国民なの?」


 十人前後はスタッキーニ王国の国民から移民を募集するとは言っていたけど……なんで天才と呼ばれている人が移民に?


「実は、既存の魔道具の技術はすでに全てマスターしてしまってね。でも新たな技術を開発する資金も力もあてもなくて、退屈な日々を過ごしていたのさ。そんなときに移民の話を聞いて、刺激を得られると思ったのさ。

 いつかは魔力鉄道を見させてもらえるかと思ったけど、まさか到着早々すぐに見せてもらえるとはね」


「俺は、建ててみたいデザインの建物があるんですけど、新築案件はほとんどなくて、ほぼ修理だけしかしてこなかったので……。あと、リットリナの事が心配だったので。もうお気づきかと思いますが、結構尖った性格なので……」


 やっぱり、移民する人って色々事情を抱えているんだね。


「そういうわけで、クロスタウンに停車している間、可能な限りリットリナさんにグラニット号を見分していただくつもりです。もちろん、輸送関係の仕事の合間で結構ですから。今は、未踏地域の調査や必要物資の調達、外貨の獲得が最優先ですので」


「わかったよ、ブルネルさん。列車の生産は早めにやりたいのはわかっているし。二人も、これからよろしくね」




 数日後、僕達はグラニット号に乗ってクロスタウンの西へ移動していた。

 南部大陸の未踏地域の調査なんだけど、ブルネルさんから『入植が始まっているクロスタウンの周囲が不明なのは問題だから』っていう理由で、まだ一度も足を踏み入れていない西側を調査することになった。


 列車を走らせていると、植物の数が徐々にまばらになっていき、しまいには荒野になってしまった。


 そして聖樹の領域に到着すると。


「うっわ……何なのここ……」


 そこは、荒涼とした土地だった。聖樹がなければ、本当に聖樹の領域なのか怪しんでいた所だった。


「なんだか不思議な植物で一杯ですね。平べったくて、ゴツゴツしている……」


「ウチワサボテンだね。サボテンっていう乾燥地帯に生息する植物の一種」


 この領域、どうも聖樹以外はウチワサボテンで占められているようだ。有名なサボテンステーキの材料になっているサボテンとして知られている。


 僕がアンと話している間、エディは近くのウチワサボテンを漁っており、しばらくすると折ったサボテンを持ってきた。


「トシノリー! これを見て欲しいのだー!!」


「ひぃっ! エディさん、それは……」


 ちらっと見てしまったアンが驚くのも無理はなかった。

 エディが持ってきたサボテンには、小さな赤いつぶつぶが無数にくっついていたんだから……。


「これ、なめると甘い味がするのだー!」


「甘い……? もしかしてこれ、コチニールカイガラムシ!?」


 コチニールカイガラムシ。コチニールという赤い色素を分泌する虫で、これを抽出して染料や顔料にする。

 また蝋状の物質を分泌し、甘いらしい。


「赤い色素を分泌する虫ですか……。北部大陸でも一部地域でカイガラムシを使った赤い染料を作るところがあるそうですが、あまり生産していないそうです」


「アン、それ本当?」


 アンの言っていることが正しければ、この国の主要産業の一つになるかも知れない。


「まさか南部大陸の植物に大量に寄生しているとは思いませんでしたけど……。では、これもクロスタウンに持ち込んで生産してもいいのではないでしょうか」


「いや、それはやめた方がいい。ウチワサボテンは異様にタフだから」


 どうやら、重機で踏みつぶしたとしても、バラバラになったかけらからまた根を生やすくらいタフな植物らしいんだよね、ウチワサボテンって。

 だから、もし他の場所に持ち込んだりしたら、全ての植物がウチワサボテンに占拠されてしまう。


「食料や香辛料を守るためにも、ここだけで生産した方がいいと思う」


「確かに、そうですね。ブルネルさんにはよく説明しておきます」


 こうして、この領域の調査は一通り終わった。

 それとここの領域に建てた駅名だけど、『コチニールウィルダネス』と命名した。『コチニール荒野』って意味ね。


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