第28駅 天才魔道具師 ~クロスタウン~
この世界に来てからめちゃくちゃ実感していることだけど、日常生活でやっている行為でも、列車の中でやると特別感があってかなり楽しい。
食事はもちろん、睡眠(シートに座って居眠りするんじゃなくて、きちんとベッドに横になって寝る)も鉄道独特の音と振動に包まれていて、建物の中で寝るのとはまた違った寝心地を味わえる。
そして今日、列車内で行う行為としては初体験になる事をやるんだ。
「よし、シャワーに行ってくるか」
それは、シャワー。
スタッキーニ王国へ行くときは一等客車の洗面台を使って身体を拭く程度だったけど、新しく使えるようになった寝台車にシャワーが付いていたんだよね。
僕はシャワーを浴びるため、アメニティセットからボディタオルとバスタオル、ボディソープ、シャンプー、リンス、そしてシャワーカードと私物から替えの下着を持ち、シャワールームへ向かった。
シャワールームはカギに連動して使用中か空きかがわかるようになっていて、今は『空き』の表示だったので扉を開け、中に入りカギを閉めた。
靴を脱いで奥に進み、シャワーカードをカード挿入口に差し込む。
服とメガネを全部脱いでソープ類とボディタオルを持ち、脱衣所からシャワールームへ入室した。
タオルとソープ類をホルダーに置き、まずはシャワーを身体全体に浴びる。
「いい温度。快適だね」
身体を濡らしたら、一旦シャワーを止めシャンプーの袋を開け、洗髪に入る。
後はいつもやっているとおり、髪を洗っていく。
ガラッ。
シャンプーを洗い流した後は、リンスを髪に馴染ませ、余分なリンスを洗い流す。
「お邪魔します、トシノリさん」
「背中を流しに来てやったのだー!」
「え!?」
リンスを流し終わった位のだった。一人しかいないはずのシャワールームで、突然潮から声をかけられた。
振り向くと、そこには……全裸になった、アンとエディが……。
「え!? え!? どうしてここに!?」
「トシノリの背中を流したいってトムに言ったら、外から開けられるカギを貸してくれたのだー」
いや、何やってるのかな、トムは!?
「お背中をお流しするというのもありますけど、今後の事を考えてのことなんです。トシノリさんは医療車を手に入れたら子作りをして下さると約束されましたが、いきなりやろうとしても緊張で何も出来ないとなったら困りますので、こうしてお互いに馴れていこうかなと……。もちろん、馴れすぎて興奮できなくなるのも困りますから、そうならないように気をつけながら、ですけど……。
ちなみに、ブルネルさんもこの考えに賛同して下さいました」
……なんだろう。あの人、結構真面目そうな人だと思ってたのに、どうして賛同なんかするんだろう?
「いや、でも……」
「何かモンダイがあるのか? エディとトシノリが初めて会ったとき、一緒にシャワーを浴びただろー?」
「その時は、耳と尻尾に気を取られてたから!」
初めて動物の耳と尻尾を持つ人間を見たから、そっちの方が気になって裸になっていることをあんまり気にしなかっただけだし。
今は……もう馴れてしまってたから、裸を見るのは気恥ずかしさが……。
「シャワーには時間制限があるんでしょう? 早くその身を私達に任せて下さい」
「いや、シャワーは止めれば時間が止まるし――」
「いいから動いちゃダメなのだー! ついでに、子供がちゃんと出来るか確かめてやるのだー!!」
「いいですね。不慣れですけど、お手伝いします!!」
結論から言うと、子供は出来そうだということがわかった。ただ、量はにじみ出るだけだったし、色も非常に薄かったので、本当に子供が出来るかどうかは怪しい所だった。
あと、こんな事をされたんだけど、不思議と二人のことを嫌いにはならなかったんだよね……。
~リットリナside~
時間は遡って、トシノリ達がウリッセに到着してしばらく経った頃の話。
「あ~。全く面白くない」
そう愚痴っているのは、ウリッセに住む女性魔道具師のリットリナ。年齢は十八歳。
彼女は非常に優秀な魔道具師で、スキルを入手してからわずか五年までに全ての魔道具の技術をマスターしてしまった。
間違いなく天才の所行ではあったが、それ故に悲劇に襲われた。
飽きである。
魔道具はここ百年近くほとんど技術が進展しておらず、それ故新しい技術も開発されず、リットリナにとって刺激がない、退屈な日々が幕を開けてしまったのである。
今日もルーチンのように依頼が入った魔道具を作っていたところ、彼女の工房に突如来客が訪れた。
「よかった。今日はまだ工房にいたのか、リットリナ」
「そりゃ、これから仕事を始めようとしていたところだったからね、マリーノ君」
来客の名はマリーノ。十八歳の建築士のスキルを持つ男性だ。
ちなみに、リットリナとは幼馴染である。
仕事始めを狙って来訪したのは、リットリナは天才的な才能を持つ魔道具師であるため、仕事が早く、午前中には仕事を終わらせてどこかをフラフラするからだった。
「で、朝早く、確実にワタシと会おうとしたんだ。何か重要な知らせでもあったのかい?」
「そうなんだ。実は――」
マリーノは、国王からの通達で南部大陸への移民を募集している事を話した。
南部大陸と言えば、そっちの方面から謎の乗り物に乗ってやって来て、その日のうちに王宮へ招待された子供達の噂がすでにウリッセ中を駆け巡っていた。
それが事実なら、すでに移住不可能とされていた南部大陸へ住み着く方法が確立されたことになる。
ついでに言うと、移民計画はトレビシック王国からの亡命者を主な対象としているが、わずかながらスタッキーニ王国民からも移民を募集するとのことだった。
「なるほど。よし、行こう」
「いや、まあ、リットリナだったらそう言うとは思ったけど……即答過ぎないか?」
「そうかもね。でも、このまま退屈な日々を過ごしながら腐っていくのはどうかと思うし、それに興味があるんだよね。南部大陸で採れる素材と、南部大陸から載ってきたって言う乗り物に。
そう言うマリーノ君はどうなんだい?」
「俺も参加しようと思っている。もうこの国――いや、北部大陸には人が住める土地で空いている土地はほとんどないから、新しく建物を建てるのが難しくなっている。これじゃあ俺の建てたい建築が建てられないし、入ってくる以来は修理や設備の導入工事ぐらいだし。だから新しく建てやすい南部大陸を目指そうと思っている。
っていうわけで、移民の希望を二人分、出してくるよ」
その日の夕方、二人は移民団の一員として認める書類を、スタッキーニ王国から受け取った。
それから時が経ち、クロスタウン行きの列車内にて。
リットリナとマリーノの二人に割り当てられたコンパートメントで、二人は会話していた。
「全く、魔道列車というのは飽きないね! ワタシはこの乗り物の動かし方に興味があったんだが、乗り込んでみるとまたすごい。近づくだけで勝手に開く扉に、販売車だっけ? そこには物を冷やす魔道具があった。しかも、小売店で使う商品陳列用らしい。
一ヶ月くらい貸し切って、調査させてもらえないかなぁ」
「いやー、それは無理じゃないか? 俺達の事があの少年国王様やその周りに知られているかどうかわからないし、ちょっとだけ聞いた入植計画だと一ヶ月も魔道鉄道を遊ばせられないみたいだしな」
魔道鉄道には、やることがたくさんあることが移民達には知らされていた。
南部大陸を駆け回って、食料生産が自力で出来るまで食べ物を集めなきゃならないし、南部大陸の未踏地域へ調査に向かう必要がある。
さらに、定期的にスタッキーニ王国へ向かい外貨の獲得と、新たに流れ着いたトレビシック王国民を迎えに行かなければならない。
かなり多忙なのだ。
「ところで、マリーノはどうなんだい? なにか建物のデザインで気になる物でもあったかい?」
「建物って言っても、駅って言ったっけ? それだけだからな……。ただ、それでも多少は考察できる」
「ほう、それは?」
「簡素ではあったが、どことなくゴシック建築を現代的にアレンジしたような雰囲気を感じられた。それに建物の中の手すり。植物のツルのように有機的な曲線が印象的だったな。
曲線と言えば、車両にも曲線が多用されているデザインが目に付くな。例えば――このソファの柄とか」
その後も談義は続き、二人は新たな土地での生活に思いをはせていった。
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