第25駅 交易の可否 ~ウリッセ~

 翌日の朝。

 ホテルまで王宮から迎えの馬車が来ていたので、僕達は鉄道員の制服に着替え、馬車へ乗り込んだ。


 王宮に到着すると、昨日スタッキーニ国王と会談した会議室へ通された。


「やぁ、皆さん。昨日はよく眠れましたか? ……いえ、聞くまでもありませんね。その肌つや、髪の美しさを見れば、リラックス出来たことは一目瞭然。……さて、では本題に入りましょうか」


 スタッキーニ国王は書類の束を整えると、今までの軽薄そうな雰囲気を一気に押し殺し、シリアスな剣幕で問い質した。


「結果をお伝えする前に、確認しなければならないことがあります。昨日、皆さんは南部大陸にグラニット王国という国を建国した、と説明をしました。ですが、国を背負うということは重大な責任を伴います。王の年齢、性別、出自問わず。

 もし、今考え直してその責任に耐えられそうになければ、正直に言って下さい。精霊に宣言したようですが、私に全責任を転嫁させる抜け道はいくらでもありますので」


 ……ああ、これは試されているね。アンが昨日語っていた、スタッキーニ国王の懸念点の一つ、『年齢』。

 もし、ここで僕がスタッキーニ国王に助けを求めよものなら、グラニット王国はスタッキーニ王国の属国扱いになり、目の前の国王が国の舵を握ることになる。

 一応グラニット王国の名前だけ残っているならば、トムに対して行った宣誓に一応はハンすることなく、スタッキーニ国王が全ての責任を持つことになる。


 この提案は、非常に魅力的。だけど……。


「せっかくのご厚意ですが、お断りさせていただきます。僕が宣誓した精霊のトムは、僕にスキルを与えてくれた存在だけでなく、この世界に来てから最初に出会った。最も長い付き合いを持つ特別な存在なのです。

 そんなトムに、表面上宣誓を履行しても責任を放棄するなんて、トムに対する裏切り行為でしかない。だから、僕にそんな事は出来ないのです」


「トシノリさん……」


 トムのつぶやきの後、アンとエディも次々に声を上げた。


「私も、その提案には反対致します。トシノリさんとは打算から始まった仲ですけど、トシノリさんの意思を尊重するくらいには信頼しています」


「エディも、セイジの事はわからないけど、トシノリが決めたことを守ってやるのだー!!」


「……なるほど」


 すると、スタッキーニ国王はシリアスな剣幕を納め、いつも見せる軽薄な雰囲気に戻った。


「いや、失礼。少し皆さんの決意、本気度を確かめさせていただきました。実は昨日、皆さんがホテルに向かった後に重臣会議を開きましてね。やはり皆さんの年齢が問題になったのですよ。

 なので、先ほどの質問を行い、その返答次第でどうするかを決めていたのです」


 やっぱり、アンの言っていたとおりだった。

 しかも国王の言動から、どうやら僕の返答次第でどう対応するかをいくつか用意していたらしい。


 雰囲気をガラッと意識して変えたり、案を複数用意していたり……。やはりスタッキーニ国王は、優秀な政治家という認識で間違いないと思う。


「では、グラニット王国と我が国との交易を認めます。また、南門の外に駅の設置を認めましょう」


「ありがとうございます」


 これで、スタッキーニ王国に来た目的が達成できた。

 ただ、これで終わりではなかったけど。


「ただ、二つほど伝えなければならないことがあります。一つは、この交易協定を大々的に宣言しません。皆さんが派手に名乗りを上げたので焼け石に水かも知れませんが、バルツァー帝国に目を付けられたくはないので。

 なので、謁見室での式典やパーティーは開きませんので、ご了承下さい」


「わかりました」


 まぁ、理解は出来る。周辺を侵略しまくっている強い軍隊を持った国に狙われたくはないからね。


「そしてもう一つ。国としての体裁を整えるために、人は必要でしょう? 実は移住に興味がありそうな人達のリーダーを別室で待機させているのですが――お会いになりますか?」


 こっちの予想していなかった提案だった。思わず、僕達はお互いに顔を見合わせてしまった。

 ただ、損にはなりそうになかったので、とりあえず会うだけ会ってみよう、という事になった。




「失礼します。国王陛下からの召喚にお応えし、参上しました」


 会議室に入ってきたのは、十五歳前後くらいの男性だった。

 そして、この人物が入室したと同時に反応したのが一人。


「あれ? もしかして……ジョージ・ブルネルさんですか? 侍従長のご息子の?」


「はい、その通りです。お久しぶりですね、アン王女」


 なんと、この男性はアンと知り合いらしかった。


「アン、この人は……」


「すみません、トシノリさん。この方はジョージ・ブルネルさんと申しまして、トレビシック王国で父の侍従長を務めていた方の息子さんなんです。十六歳と若手ながら将来を嘱望され、いずれ彼の父から侍従長の職務を継ぐだろうと言われていた方なんです」


 なるほど。お父さんが王宮勤めで、このブルネルさんもお父さんと関連した仕事をしていた。

 その関係で、アンが知っていたんだ。


「お初にお目にかかります、グラニット国王陛下。ジョージ・ブルネルと申します」


「あ、これはどうも……。ところで、なぜブルネルさんはスタッキーニ王国に?」


「父からの命令ですね。バルツァー帝国がトレビシック王国の王都を攻める直前、亡命希望の民を連れて逃げるよう指示を出されたので。小規模な船団を急いで組み、海路を使ってスタッキーニ王国まで逃げ延びました。

 時間的な制約が厳しく十分な準備が出来ず、途中バルツァー帝国の勢力圏を通る際は危険なので寄港出来なかったので、脱落する船が続出しました。結局、スタッキーニ王国に辿り着けたのは百人を切ってしまいましたが……」


 亡命の厳しさを物語る話に、僕達は絶句してしまった。

 特にアンは、自国民が多数犠牲になったことを知り、口が震えていた。泣くまでしなかったのは、アン自身が強い精神の持ち主なのと、交渉の場において感情を表に出してはならないという意識による物かも知れないと、後で気付いた。


「もっとも、自分が率いていた一団が一番早かっただけで、他の亡命ルートを使ってスタッキーニ王国を目指している集団もいくつかあります。自分は詳細を知らされていませんが、続々とスタッキーニ王国に到着する予定です」


 それは当然だと思った。生き残るため、分散して別々のルートを行かせるのは間違った戦略ではない。色々なルートを使うことによって、他のルートがダメでも一つくらいは成功して生き残れるし、バルツァー帝国の警戒網を分散させて手薄にさせることも可能だから。


 それともう一つ。なぜスタッキーニ国王が亡命トレビシック王国民のリーダー格であるブルネルさんと僕を会わせたのか、なんとなく気付いてしまった。

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