第15駅 スパイスと現実 ~スパイスプレイン~

 無事即位式も終わったけど、僕達の生活は変わらない。


「このセントラルシティを都と定めましたよね? でしたら、少なくともその周囲を明らかにするべきではないでしょうか?」


 というアンからの発案により、とりあえずセントラルシティの周辺は探索することになった。

 セントラルシティは東西南北にレイラインが走っていて、北はグレインハイランド、東はフルーツタウンになっている。


「今回は西に行こう」


 と言うことで、僕達は列車に乗り込んで西を目指すことになった。




 一等客車を入手し、列車での移動が非常に快適になった。

 だけど、スマホもネットも無いこの世界、ただ座っているだけではヒマを持て余してしまう。

 なので、移動中に僕達はある作業をすることにした。


「ほ~ら、全員こっちに集まるのだー!」


「いいよ、エディ。今のうちに水を撒いてブラシ掛けを……」


「エサのトウモロコシを持ってきましたよ」


 七面鳥の世話だった。

 最終的に食べてしまうとはいえ、病気で弱った個体はなるべく食べたくない。それに七面鳥に限らず、健康な個体がおいしいのは道理だと思う。

 そのためにも、日頃のお世話は欠かせない。

 それに、家畜の世話は意外と手間がかかる。移動中の時間の使い方としては非常に効率的だと思っている。


「そういえば、この子達は卵を産まないんでしょうか?」


「産むと思うけど、こんな振動が多い環境で産めるかなぁ? それに、七面鳥の卵はあんまり利点が無いらしいよ?」


「そうなんですか!?」


「ニワトリよりも産む頻度が少ないのに、味はニワトリと変わらないらしいよ。つまり、売ろうとしたときにニワトリの卵よりも値段が高いのに品質はニワトリと変わらないってわけ。だからニワトリの卵と比べれば利点が少ないんだよ。むしろ繁殖用に卵を産ませた方が効果的かも」


 ただ、たまには卵も食べたいんだよね……。

 最悪、七面鳥の卵を食べるという選択肢が現実味を帯びるかもしれない……。




 七面鳥のお世話をしたり、一等客車でくつろいだりしていると、目的地に辿り着いた。

 今回も聖樹の麓に止まっていて、いつものように駅を出現させる。


 ここの聖樹の領域は、一言で言えば草原地帯だった。木もほどほどに生えている。

 パッと見た感じだと、セントラルシティと同じ、あまり特徴が無い領域だった。


 でも、駅周辺を捜索しただけでこの領域の特徴がハッキリとわかった。


「ん? この房みたいになっている実――もしかして、コショウ?」


「こ、コショウですか!?」


 アンが、まるで財宝でも見つけたかのような様子で僕に確認してくる。


「まぁ、図鑑で見たことがあるだけだけど……」


「ちょっと待って下さい……」


 アンは実を一つ取ると、口の中に入れ、ゆっくりと味を確認するように食べた。


「この辛さとフレッシュな香り……間違いありません。以前スタッキーニ国王から食べさせて貰った生コショウの味です。塩味はないですけど」


 僕は知識として、乾燥させずに食べる生コショウがあるのを知っている。ただ、『生』と名前が付いているけど、実際は塩漬けした物らしい。アンが『塩味が無い』と言ったのは、塩漬けされていないからじゃ無いかな?

 ところで、アンが財宝を見つけたみたいな態度についてなんだけど――。


「もしかして、コショウとか香辛料って、この世界じゃ貴重だったりするの?」


「そうですね。料理に使われるのはハーブが多くて、香辛料として生産量が多いのはカラシです。コショウは北部大陸では栽培できる土地が少なくて、スタッキーニ王国の一部地域でしか生産できないんです。なので下手な金よりも高かったりするんです」


 なんと、前の世界の大航海時代以前のように、この世界では香辛料は超貴重品らしい。

 その後も探索を続けていたら、香辛料が出るわ出るわ。


 最初に見つけたコショウの他に、シナモン、チョウジ、ウコン(別名ターメリック)、ナツメグ、トウガラシ、サフラン等々……。


「すごいですね。サフランとかコショウ以上に貴重な香辛料が見つかったことも驚きですが、聞いたことも無い香辛料もたくさんあります。トウガラシなんて北部大陸の人達は誰も知らないんじゃないでしょうか?」


「お~い! 面白い物を見つけてきたのだー!!」


 エディが何か見つけたらしい。

 その手には、黒い棒状の物が三本ほど握られていた。しかも強烈な甘い香りがする……。


「もしかして、バニラ!?」


「バニラ? ってなんですか?」


「甘い香りを発する香辛料だよ。前の世界ではお菓子に使われている。そのまま使ったり、油やアルコールに匂い成分を抽出して振りかけたり……」


「でも、匂いがしたのはこの三本だけだったのだ」


「それは当たり前だよ、エディ。バニラは発酵させなきゃ香りが出ないんだから。多分エディが持ってきた物は、何かの原因で自然発酵したヤツじゃないかな?」


 ちなみに、前の世界ではバニラはサフランと並ぶ非常に高価な香辛料で、一時期銀よりも高かったとか。

 ただ、主要な香り成分であるバニリンは人工合成法が成立しているので、大なり小なり合成バニリンを含んでいる場合が多いとか。


 それともう一つ。ここの駅名が決まった。


「よし。ここの名前は『スパイスプレイン』だ!!」


 『スパイス』は香辛料、『プレイン』は草原って意味ね。




 その日の夕食は、取ったばかりの香辛料を使ってみた。

 ただ、一つだけ問題がある。


 ――ほとんどの香辛料は、乾燥工程を踏まなければならないこと。


 さすがに採ったその日に乾燥できるわけが無い。花を使うサフランやつぼみを使うチョウジは比較的乾燥期間が短そうだけど、さすがに一日で乾燥させるなんて無理がある。

 中にはナツメグみたいに二~三ヶ月かけて乾燥させ、種子の中にある仁を取り出した後石灰につけ込み、さらに二~三ヶ月乾燥させるなんてめちゃくちゃ手間暇と時間がかかる香辛料もある。


 そもそも、僕達は常に移動している身。腰を落ち着けて長期間乾燥させるなんて少し無理がある。

 そんなわけで、現在僕達が使える香辛料は、生のままでも使える物。つまりコショウとトウガラシのみだった。


 七面鳥の脂身を使ってフライパンに油を敷き、ジャガイモとトウガラシを一緒に炒め、そこに生コショウと刻んだトウガラシを加えてみた。


「というわけで、食べてみて」


「うお、ピリッとして飽きないのだ!」


「う~ん……。おいしいのはおいしいんですけど……」


 エディには好評だったけど、アンはちょっと不満そう。


「トシノリさん。まだトウガラシありますか?」


「うん。まだあるけど……」


「では、それをお借りして……」


 すると、なんとアンはトウガラシを刻みもせず、そのまま料理に撒いた!

 トウガラシで料理が見えなくなるまで埋め尽くすと、大量のトウガラシと一緒にわずかなジャガイモと七面鳥の肉を食べ始めた!!


 口に入れたわけでも無いのに、見ているだけで辛さが伝わってくる。エディは急に汗が大量に噴き出していた。


「う~ん、やっぱりトウガラシを付け合わせに食べた方がおいしいですね。……あれ、お二人とも。どうかなされたんですか?」


「い……いや、ちょっと……」


「ちょっと信じられないのだ……」


 直接見ておいて未だに信じられないけど、どうやらアンは結構な辛党らしい……。


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