第9駅 亡国の王女との出会い ~グレインハイランド・ターキーウッズ間~

~トレビシック王国side~


 北部大陸の北西に、巨大な島がある。この島全体を『トレビシック王国』と言い、王国の名の通り代々トレビシック王家が統治してきた。

 トレビシック王国の王都は『ターンブル』と言って、島の中央からやや南東にズレた場所に存在していた。


 このターンブルなのだが――現在、戦火に包まれていた。


 理由は、大陸で最も広大で力を持った『バルツァー帝国』が侵略してきているからだった。

 バルツァー帝国は常にどこかしらへと侵略戦争を仕掛けており、他の国からの印象は最悪、そして最も警戒されている国であった。

 今回は、その侵略の触手をトレビシック王国へと伸ばしていた。


 すでにトレビシック王国は滅亡寸前、王宮も落城寸前であった。

 この王宮で、国王と王妃は最後の作戦を実行しようとしていた。


「いいか、アン。よく聞きなさい。もうこの国は滅亡する。王宮が陥落するのも時間の問題だろう」


「おそらく帝国は、王家の者を皆殺しにするでしょう。そしてそのまま代官がやって来て支配するか、良くて王家の遠戚に当たる貴族の中から言うことを聞きやすい者を選び、飾りの国王として祭り上げ実効支配するに違いありません」


「はい、よく心得ております。お父様、お母様」


 国王夫妻が語りかけている少女の名は、『アン・トレビシック』。国王夫妻の唯一の子供、すなわち王女であった。

 アンは十二歳という若年ながら政治に精通し、この年齢にしてはある程度政治事情を理解出来る才能を持っていた。

 なお、この政治に対する才能はスキル由来ではなく、本人の素質と国王夫妻の教育の賜物であった。


 国王が話を続ける。


「そこで、お前を転移魔法でスタッキーニ王国へ送る。まぁ、後で魔法の痕跡を探られると厄介だから、南部大陸を目標にして送るがな。魔法が失敗すると追跡が困難になるからな」


 『スタッキーニ王国』とは、北部大陸の南端にある国だ。

 捨て子が転移魔法の失敗で送られる場所として有名で、事実この国の成り立ちは捨て子や流民・難民が集まって出来た歴史がある。


「スタッキーニの国王とは、前にパーティーでお会いしたことがあるからわかりますね? あなたの荷物の中に私と国王の連盟の手紙を入れておきますから、それをスタッキーニの国王にお見せして、庇護を求めなさい。お金の他に換金性の高いものを入れておきますので、必要ならそれも差し出すのです」


「わかりました。それで、お父様とお母様はどのようにお逃げに?」


 アンの質問に一瞬躊躇してしまったが、国王は覚悟を決めて答えた。


「残念ながら、私と王妃は国と運命を共にする。兵士達が命をかけて戦っているのにのうのうと逃げることは出来ないし、もし逃げてもそれは帝国に『トレビシック王国の国王夫妻を捜索する』という名目を与え、亡命先の国への侵略を早めてしまう危険性がある。そんな迷惑を承知で我々を受け入れてくれる国があるとは思えないし、国際問題に発展する恐れがある」


「ですが、トレビシック王家の血を絶やしてはいけません。血筋さえ残っていれば、いつか我々の手に国が戻ってくる可能性があるのです。あなたの役目は、トレビシック王家を絶縁させること無く、国を取り返す可能性を守ることです。……頼みましたよ」


「……はい、わかりました」


 アンは両親から託された役目を了承したが、本音では拒否したかった。家族揃って逃げたいと思った。

 だが、政治事情を理解出来る才能が今回に限っては災いし、両親の説明が理解出来てしまった。だから、両親が考えているプランを拒否できなくなっていたのだ。


「時間が無い。すぐに始めるぞ。転移魔法使いを呼べ」


 国王の命令により、転移魔法使いが入室する。

 そしてトランクをアンに持たせ、転移魔法を発動させた。


「目標・南部大陸! 転移します!!」


「さようなら、お父様、お母様。いつか必ず、トレビシック王国を再興して見せますから!!」


 そう言い残し、アンは転移魔法の光に包まれた。




 光が収まると、アンの目に飛び込んできたのは――。


「――ここがスタッキーニ王国? 見たこともない巨大な木が生い茂っていますし、前に見せて貰ったスタッキーニ王国の絵とは随分印象が違うようですが……」


 アンはスタッキーニ王国国王と面識があったが、そこはトレビシック王国の王宮の広間を使ったパーティーでのことで、実際にスタッキーニ王国に行ったことはなかった。

 ただ、スタッキーニ王国の町並みや自然を描いた絵を何枚か見せて貰ったことがある。

 だが、その絵のどれも、こんな鬱蒼と生い茂る森林では無かったし、生えている植物も全く情報に無い。


 そして、アンに追い打ちをかける出来事が。


「……なんでしょう、この音。シュッシュッと聞き慣れない音が……。って、あれは……!」


 謎の音がする方向を見ると、緑の鉄のような巨大な物体が近づいていた。


「魔物!? いえ、でも車輪が付いている……。ということは、乗り物……?」


 乗り物だとしたら、誰が開発を? こんな乗り物があるなんて聞いたこと無い!!


 情報の量の多さに混乱し、アンは全く動けなくなってしまった。


 やがてその乗り物は、アンの存在に気付いたのか近くで停止。牽引されている車両から誰かが出てきた。


「大丈夫? 何で南部大陸にいるの?」


「南部大陸……?」


 その人物が発した言葉に、言葉を失ってしまった。




~トシノリside~


 しばらくグレインハイランドで穀物を採集しながら生活していたけど、ここを離れるときが来た。

 きっかけは、エディが放った一言だった。


「植物ばっかりで飽きたのだー! 肉が食べたいのだー!!」


「肉か……」


 現在、炭水化物と野菜(フルーツ)を入手出来ている。まあ、僕達が炭水化物として食べているジャガイモとトウモロコシは野菜としての側面もあるから、ある意味野菜だけで生活している。

 となると、圧倒的にタンパク質が不足している。なんとか解決したい案件だと思う。


「確かに、そろそろ肉の確保を本格的にやるべきかも知れないね。エディは肉の入手場所に心当たりはあるの? 魚でもいいけど」


「すぐ北の聖樹の領域に、飛べない鳥が住んでいるのだ。エディが抱えられる位の大きさで、顔に毛が無くて、顔色をコロコロ変える鳥なのだー!」


 特徴を聞く限り、七面鳥かな?

 いずれにしろ、距離的にも近いし、すぐ移動した方がいいかも。


「わかった。その鳥を捕まえに行こう」


 こうして、僕達は北へ向けて列車を走らせたんだけど、その途中――。


『トシノリさん。前方に人影が見えます』


「すぐ止めて」


 トムから放送が入ったので、列車を止めるよう指示を出した。デッキに運転席と繋がっている内線があるので、緊急時はそれでやりとり出来るんだ。

基本的に人間が入れない南部大陸、しかも割と中の方にあるこの地点に人がいるなんて、おかしすぎる。詳しく話を聞かないと。


 停車した列車の目の前にいたのは、上品な、ドレスのようにも見えるワンピースを着用し、つば広の帽子をかぶり、大きなトランクを持った女の子だった。年は僕と同じくらいに見える。旅を意識した服装だった。

 そして、過酷な南部大陸の内陸にいるはずなのに、服に汚れどころか乱れも一切無い。まるで、ついさっき家から出たばかりのような様子なんだ。


「大丈夫? 何で南部大陸にいるの?」


「南部大陸……?」


 女の子の答え方は、ここが南部大陸であることを一切知らないような口ぶりだった。

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