第13話 邪魔(2)
真壁は怒っていた。
自分でも感情のコントロールが出来なくなるほどの怒りが込み上げてきている。
原因は、目の前に立つ坂田大輔のせいだった。
大輔のことは、それこそ生まれてくる前から知っていた。
あの日、真壁が入水自殺を図ろうとしていた大輔の母親を助けた時から。
大輔は母の死後、児童福祉施設に入った。
月に一度くらいのペースで真壁はその施設を訪れ、菓子などの甘いものを大輔に差し入れしてやった。
中学生になった大輔が不良グループ同士の喧嘩で警察の厄介になった時も、身元引受人として警察署まで迎えに行ってやったこともある。
大輔のことを見てると、どこか昔の自分を見ているようで、放ってはおけなかったのだ。
だから、大輔が高校でレスリングを始めたと聞いた時は、とても嬉しかった。
大輔には、レスリングの才能があった。
昔から力は強く、喧嘩慣れもしていた。そして、何よりも体幹の強さがあるということに真壁は気づいていた。だが、一度も真壁から格闘技やスポーツをやれと言ったことはなかった。レスリングをはじめたのも、大輔の自らの意思であった。
大輔は、レスリングでは一度だけ県大会で優勝していた。なぜ一度きりだったかといえば、その後でレスリングを辞めているからだ。辞めた理由は聞いてはいないが、おそらく喧嘩だろうと真壁は想像していた。
狂犬。高校時代の大輔のあだ名だった。一度火がつくと、誰も止められない。噂では、暴走族だか半グレ集団だかの連中を血祭りにあげて壊滅させたという話も真壁の耳には入ってきていた。
「大丈夫か、直江。しっかりしろ」
リングの下でトレーナーの沖が、ぐったりとしている直江にペットボトルの水を与えていた。
あと一撃。あの時、真壁のパンチが当たっていれば、直江はリングの上で沈んでいるはずだった。
直江が倒れれば、それで真壁の仕事は終わるはずだったのだ。
しかし、それは大輔によって邪魔された。
真壁の怒りは頂点に達していた。
仕事の邪魔をするやつは、誰であろうとも許さない。
素早い動きだった。
地を這うように低く、そして鋭いタックル。
大輔は体勢を低くして、真壁の腰に抱きつくようにして突っ込んできた。
タックルというと、頭を下げて突っ込む。そう勘違いする人がいる。ラグビーやアメフトでは、たしかに頭から突っ込むようなタックルを仕掛けることもあるだろう。しかし、レスリングや柔術といった格闘技のタックルは違う。頭は下げず、胸を合わせに行くのだ。
その大輔のタックルは、まるで教科書のお手本であるかのような、きれいなタックルだった。
その辺の格闘家であれば、テイクダウンを取られてしまうだろう。
しかし、相手はその辺の格闘家ではなかった。
真壁である。
腰に抱きついて引き倒そうとした大輔のタックルを真壁は受け止めていた。
岩。
大輔がタックルをした瞬間に、頭の中に飛び込んできた感覚だった。
自分は何に抱きついたのだろうか。
大輔はそれでも、その岩を引き抜いて、転がそうと両腕に渾身の力を込めた。
次の瞬間、恐ろしいほどの殺気を感じた。
それは本能であった。
両腕から力を抜くと、大輔はリングの上を転がるようにして横に逃げた。
空を斬る音が聞こえた。
リングの下で大輔と真壁のことを見ていた直江は、背筋に寒気を感じていた。
あの体勢から膝蹴りができるのか。
直江は驚きを隠せなかった。
タックルに入られた真壁が、大輔の体を少しだけ引き離すと、その顎に向けて膝蹴りを放ったのである。
不格好な膝蹴りであった。
しかし、あの音を聞けば、その膝蹴りがとても恐ろしいものであったということがわかる。
もし、あの膝蹴りを大輔が喰らっていれば、リングの上に倒れていただろう。
自分はとんでもないバケモノと戦っていたのだ。
直江はそれをまざまざと実感していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます