第8話 逃げた男(1)
面倒な依頼を持ってきたものだ。
その話を聞いた時、真壁が
逃げた男を捕まえてほしい。
依頼の内容は簡単にいえば、そんなものだった。
ただ、真壁のもとに来る仕事は、そんな簡単なものではない。
逃げた男を捕まえるだけであれば、探偵でも雇えば良いのだ。
逃げた男の素性を聞けば、現役のプロキックボクサーだという。
その男が何をやらかしたのかまでは、斎藤は教えてはくれなかったが、最初に男を追いかけた連中が皆返り討ちにあったということだけは教えてくれた。
あまり乗る気はしなかったが、仕事を選ぶほど懐に余裕があるというわけでもなかったため、真壁は二つ返事で了承した。
まずは情報収集のために真壁は、男の所属していたキックボクシングジムを訪ねた。
雑居ビルの一階に入ったジムは、中央にリングが置かれており、脇の方に3本のサンドバッグがぶら下がっていた。訪ねた時間が早かったせいか、小学生と思われる練習生が複数人でシャドーボクシングを行っていた。
「なんだい、見学かい?」
ジムの入口から中を覗いていると、小学生の指導をしていたトレーナーと思われるスキンヘッドの男が話しかけてきた。
歳は50ぐらいだろうか。元経験者らしく、鼻が潰れてしまっていた。
「ちょっと人を捜していてね」
真壁の言葉にスキンヘッドの男は表情を曇らせた。
「まさか、直江を捜しているっていうんじゃねえだろうな」
「そのまさかだったら、どうする」
「ふん、笑わせるな。こっちだって金を持ち逃げされているんだ。もし、捕まえたら、ここに連れてきてほしいぐらいだよ」
男が笑いながら言う。
「そうなのか。あんたがいくらか出すっていうなら、直江を連れてきてやってもいいぜ」
「あんた、本気なのか。直江は先週来たやくざ者を半殺しにして逃げたんだぞ」
「そうらしいな。それで、直江はどこにいるんだ」
「だから知らないって。何度も言わせるなよ」
男は面倒くさそうに言うと、真壁の前から離れていった。
ただの勘に過ぎないが、この男は直江の居所を知っているような気がした。
子どもたちの指導に戻ったスキンヘッドの男は、時おりチラチラと真壁のことを確認していたが、真壁は笑みを浮かべて指導の様子を見ているだけだった。
夕方になり、子どもたちが帰っていくと、大人の会員が数人やってきた。
スーツを着たサラリーマンもいれば、髪を金髪に染めた若者もいた。
中にはプロ志望もいるらしく、シャドーボクシングを見るだけでも様になっている人間もいた。
「まだいたのか、あんた」
裏口のドアが開き、スキンヘッドの男が出てきた。
もう帰るつもりなのか、薄汚れたリュックサックを背負っている。
「お宅のことを待っていたのさ」
「やめろよ、熱狂的なファンじゃあるまいし」
笑いながら男がいう。
真壁は男と一緒に歩いた。
方向としては、駅の方へと向かっている。
「酒は飲めるんだろ」
「ああ。その代わり、金はないぜ」
男は笑いながらいうと、真壁の顔をじっとみた。
「その心配はいらない。安酒でいいならな」
そういって、真壁は男と一緒に赤提灯の暖簾をくぐった。
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