第7話 因縁(2)

 線路沿いの道を少し歩くと、小さな公園がある。

 ここは夜中は誰も来ない。ちょうどいい。


 男たちは坂田を取り囲むようにして立った。

 右に一人、正面に二人、左に一人。

 誰も口を利こうとはしなかった。喧嘩慣れしているようだ。


 坂田が四人のことを見ていると、不意に左側の男が動いた。

 前蹴りだ。

 その蹴りは空手の前蹴りのようなものではなく、足の裏で相手を押すような素人の蹴りだった。


 少し体を沈めると、坂田は蹴りを出してきた男の体に向かって突っ込んだ。

 坂田が動いた事により男の足は宙を泳ぐ。

 坂田は男の軸足を抱え込むと、勢いよく男の胴へ自分の胸を合わせるようにぶつかって行った。


 それはまるで教科書に載っているお手本のようなタックルだった。

 バランスを崩した男は背中を地面に叩きつけられ、体をバウンドさせた。


 坂田は素早く立ち上がると、男の首を足で踏みつけて、残りの三人を見回した。

 あまりに早い動きだったので、男たちは唖然としていた。

 顔には恐怖すら浮かび上がっているようだった。


「次はどいつだ?」

 坂田が低い声で言うと、男たちは一斉に逃げ出した。

 仲間を置いて逃げるなんて根性のない奴らだ。


 残された男は坂田に首を踏みつけられながら震えていた。


「お前も帰れ」

 坂田はそう言って足をどけると、男の事を解放してやった。


 下らない事をしたものだ。

 逃げていく男の後ろ姿を見ながら、坂田は思っていた。


 背後から視線を感じた坂田は、慌てて振り返った。

 その視線に殺気を感じたためだ。


 ベンチにひとりの男が座っていた。

 革製のジャンパーを着た中年の男だった。


 男は座ったまま、じっと坂田のことを見ている。


「強くなったな」

 ぼそっと男が言葉を口にした。


 殺気は消えていた。


「レスリングだろ。それもかなりやり込んでいる」

 男はまるで坂田を分析するかのように話した。


「見世物じゃねえよ」

「そうだな、すまなかった」

 男はそういうとベンチから立ち上がった。


 身長は175センチぐらいだろうか。165センチしかない坂田と比べるとかなり大きく感じた。


「なあ、真壁さん」

 坂田は公園から出ていこうとする男――真壁――の背中に呼びかけた。


「いつになったら、おれとやってくれるんですか」

「生意気言うな、大輔。俺は金にならないことはやらない主義なんだ」

「逃げるんすか」

 その坂田の言葉に、真壁は振り返ると笑って見せた。


「そんな挑発に乗るほど若くはないさ。大輔、相手を間違えるなよ」

 じっと見つめる真壁の目は、笑ってはいなかった。


 その目を見た時、坂田はこの人に喧嘩を売った自分が馬鹿だったと悟った。

 もし、今この場で殴りかかったとしても、真壁には勝てない、勝てるわけがないと目を見ただけでわかったのだ。


「そんなチンピラまがいのことしてないで、試合に出てみろよ。お前だったら、いい成績を残せるんじゃないか」

「興味ないっす」

 まるでいじけた子どものような言い方だった。


 真壁は自分が坂田のことを自分の子どもを見るような目で見ていることに気づき、苦笑いを浮かべた。


「なんすか、真壁さん」

「いや、なんでもない。じゃあな」

 それだけ言うと、真壁は公園から去っていった。

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