第6話 因縁(1)

 通過していく電車の音を聞きながら、坂田大輔はジョッキグラスを傾けていた。


 ガード下にある、10人も入れば満席になってしまうような小さな居酒屋。

 ここで遅い夕食を取るが、坂田の日課となっていた。


『入ったー、新垣の右ストレートが直江の顎を捕らえました!』

 少し離れたところに置いてあるテレビから聞こえてきた声だった。


 何人かの客は、テレビ画面に目を奪われていたが、坂田は顔を上げることなく、目の前にあるホッケを箸で解していた。


『ダーウン。カウント、ナイン。直江、立てません。直江、立つ事ができません。ここで、ゴングだー。新垣海人、KO勝利です!』

 テレビ画面には、コーナーに駆け上がる青年の姿が映っている。

 その後ろでは、男が大の字になって倒れていた。


「くだらねえ」

 坂田は呟くように言い、ジョッキの中身を飲み干した。


「見たか今のパンチ。すげえなあの若い奴」

「俺もあと十歳若けりゃ、あのリングの上に上がっていたかもしれねえぞ」

「ないない、お前みたいな喧嘩の弱い奴じゃあ無理だって」

「何だとこの野郎、この場でやってみるか?」

 ニッカポッカを履いた職人風の男たちが座敷席でテレビを見ながらじゃれ合っている。


 ぎゃあぎゃあと耳障りな連中だ。

 坂田はそう思いながら、ホッケを食べていた。



 きっかけは、落としたビールの中瓶が割れた事だった。


 座敷席でふざけ合っていた職人風の連中が、テーブルの上に置いてあったビール瓶を落として割ってしまったのだ。


 飛び散ったビール瓶の破片は坂田の足元にも飛んできていた。


 音を聞いた店員がホウキとチリトリを持って、慌てた様子で厨房から出てきた。


「悪いな親父、割っちまったよ。それさ、ほとんど飲んでないから、新しいのもらうぜ」

 男たちは悪びれた様子も無く、そういうと新しい瓶ビールを勝手に冷蔵庫から取り出して飲み始めた。


 坂田は男たちの様子をじっと見ていた。


 その坂田の視線に気が付いた一人が、因縁をつけてきた。


「なに見てんだよ、なんか文句あるのか?」

「人の足元に瓶の破片を飛ばしておいて、何もなしか?」

「あ? なに言ってんだ、お前」

 剣呑な空気が店内を包み込む。職人たちは四人という事もあり、引く様子は見せなかった。


「お客さん、ちょっと困りますよ」

 慌てて店員が間に入ろうとしたが、それは喧嘩を止めるための言葉ではなく、揉め事は表でやってくれという意味の言葉だった。


「表、出ようか」

 坂田はそう言って、千円札をテーブルの上に置くと一足先に店を出た。

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