第5話 決着

 一瞬、何が起きているのか理解できなかった。

 強い衝撃を受けた真壁は、肩から工事用のフェンスに激突していた。


「痛ってえなあ、おい。男の前の顔が台無しになっちまったじゃねえかよ」


 真壁は、いま自分の見ている光景が信じられなかった。

 ピクリとも動かなくなったはずの山岡が起き上がっていた。

 そして、山岡は起き上がると同時に、背を向けていた真壁に勢いよくぶつかってきたのだ。


 完全に虚を突かれた形となった真壁は、工事用のフェンスまで弾き飛ばされたというわけだ。

 フェンスの先にはむき出しの鉄骨などもあり、もし、この場所にフェンスがなかったらと思うと、ぞっとする。


 それにしても、あれだけの打撃を受けたにも関わらず、山岡が立ち上がってくるというのは、真壁にとって予想外のことだった。


 これでもかと殴りつけ、完全に心まで折ったはずだった。


「昔な、プロレスをやっていたこともあるんだよ。知らねえかな、ミスター・ストロングってマスクレスラー。悪役だったけどよ、結構人気があったんだぜ」

「なるほど、プロレスで覚えたのか。その死んだふりは」

 真壁はフェンスに打ち付けられた肩の筋肉を確認しながら、口を開いた。

「死んだふりでもしなきゃ、あんたは殴るのをやめてくれなかっただろ」

 すでに変形してしまっている顔を歪めながら山岡がいう。

 おそらく、笑っているのだ。


 山岡の顔は、すでに原型を留めてはいなかった。

 まぶたは腫れ、鼻は曲がり、歯は折れている。それでも、立ち上がってくる山岡に真壁は拍手を送ってやりたかった。


 指で鼻を挟むようにして鼻骨を調整した山岡は、大きく鼻から息を吸い込むと気合いの声を発した。

 そして、その気合の声と同時に、山岡は地面を蹴っていた。


 頭から真壁に向かって突っ込んでくる。

 真壁はギリギリまでその突進を引き付け、体を回転させるようにして避けた。

 バランスを崩した山岡は、頭から工事用フェンスへと激突する。


 なぜ、山岡は止まることができなかったのか。

 そこには、真壁の使った技があった。

 真壁は山岡の体を避ける際に、山岡の膝裏に蹴りを入れていたのだ。

 空手などで崩しと呼ばれる技法に似た技だった。


 フェンスに突っ込んでしまった山岡は笑いながら起き上がってきた。

 頭を打っておかしくなってしまったのかもしれない。


「楽しいな、おい」

 血まみれになった顔で、山岡がいった。


 真壁はそんな山岡を無視して間合いを詰めると、左ジャブから右ストレート、右ボディアッパー、膝蹴りと連続してパンチを打ち込んだ。


 筋肉の上についた大量の脂肪。

 それがクッション代わりとなり、衝撃を吸収してしまう。

 だが、山岡のことを押し込むことは出来ていた。


 打撃を受けながら、よろよろと下がる山岡を追いかけて、真壁はローキックを放つ。

 空手やキックボクシングなどの立ち技格闘技の試合で見るローキックは自分の脛や足の甲を相手の腿などに当てるのが基本だが、真壁のローキックは違っていた。

 履いている靴の爪先を相手の膝の内側にぶつけるようにして蹴るのだ。

 これは靴を履いての喧嘩だから出来る技だった。


 この攻撃には、さすがの山岡も表情を歪ませた。

 真壁のローキックは、的確に山岡の膝の内側を捕らえていた。この部分は脂肪も薄く、そして装甲も脆い。


 山岡が反撃をしようと、腕を振る。

 体重の乗ったその腕はただ振り回しているだけであるが、当たれば一発で意識が飛んでしまうほどの威力はありそうだった。


 真壁は体勢を低くして、その腕を避けると、さらにローキックを膝の内側に打ち込む。


 苦痛に歪む、山岡の顔。


 それでも、さらに真壁はローキックを打ち込んでいく。


 それで終わりだった。

 突然、山岡の体が前のめりに崩れていった。


 度重なる真壁のローキックに、山岡の膝は体重を支えることが出来なくなってしまったのだ。


「俺の負けだ」

 膝を抱え込みながら、山岡がいった。

 どんなに打たれ強い山岡であっても膝が壊れてしまっては、立ち上がることもできなかった。


 ちょうどその時、フェンスの外に気配があった。

 黒塗りのドイツ車が停まり、後部座席から斎藤が降りてきたところだった。


 真壁は動けなくなった山岡を見下ろすと、地面に血の混じった唾を吐きつけた。

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