第4話 一拳一殺

 次の瞬間、真壁の足が地を蹴っていた。

 大きく前に踏み出して間合いを詰め、体重を乗せた拳を繰り出す。


 完全な奇襲だった。

 喋っていた山岡は、真壁の拳の動きに反応できていない。


 真壁の繰り出した右拳は、山岡の太い腕の隙間をぬって入り込み、顔面を捕らえていた。


 鼻の潰れる感触がしっかりと拳に伝わってくる。

 突然の攻撃に、山岡は何が起きているのかわからないといった表情をしていた。


 そのままの勢いで、今度は腰を回転させて、左の拳を脇腹へ叩き込む。

 ストレートからフックのワンツー。

 分厚い脂肪に真壁の拳が飲み込まれていく。


 山岡にダメージがあるのかどうかは判断できないが、それでも真壁は動くのをやめない。


 右の拳を下から突き上げて、山岡の顎を打つ。

 骨と骨のぶつかる衝撃がしっかりと伝わってくる。

 一発では終わらせない。叩き込めるだけの打撃を叩き込んでおく。

 それが勝利への方程式だ。


 山岡の目の焦点が合っていない。

 肘打ち。側頭部を捕らえる。

 膝蹴り。贅肉の乗った腹部を震わせる。


 相手に攻撃のチャンスを与えない。息の続く限り攻撃の手を緩めない。


 三度目の膝蹴りで、山岡の体がくの字に曲がる。

 打たれるのを嫌がり、山岡は両腕を前に突き出す。


 伸ばされた腕を掻い潜って、さらに打撃を繰り出す。

 手加減はしてはならない。手加減をすれば、その分自分に攻撃が返って来る。


 素人はどこかで手加減をしてしまう。

 もしも相手が……。

 そんな気持ちがあるんだったら最初からやらなければいい。

 一度はじまってしまったら、徹底的に潰すまで続けろ。


 中途半端ではだめだ。怪我が完治した後に復讐など思い浮かばないよう、徹底的に潰せ。それがプロというものだ。


 真壁の繰り出した左フックが顎を捕らえた。

 山岡の膝が揺れ、巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。


 だが、まだ山岡の意識はあった。

 それを証拠に倒れこんだ山岡は、丸太のように太い腕で頭を抱え込むようにして必死に顔を守ろうとしている。


 頭部への膝蹴り。

 自分の膝が壊れないように、側頭部を狙って蹴る。狙いは、耳の辺り。


 何発か蹴っていると、山岡の動きが止まっていることに気づく。

 しかし、膝蹴りを当てると、うめき声のようなものが聞こえてくる。

 まだ、意識はある。

 だったら、相手が潰れるまでやり続けるだけだ。


 膝蹴りをやめて、こめかみの辺りを狙って掌を打ちつける。掌底。拳ではだめだ。頭蓋骨は硬く、急所を外してしまった場合に、拳の骨が折れてしまう可能性がある。そういった危険は避け、攻撃を続ける。


 耳からの出血が見られたが関係なかった。山岡が動き続ける限りは攻撃をやめるつもりはない。


「やめてくれ。お願いだから……」

 かすかに聞こえてくる山岡の懇願の声。


 相手は戦意喪失している。

 だが、真壁は動くのをやめなかった。

 降参した振りをして、攻撃をやめたところを襲ってくる奴もいる。

 だから、何を言われようとも攻撃をやめるつもりはない。


 気がつくと、いつの間にか山岡の声が聞こえなくなっていた。


 頭を必死にガードをしていた腕もだらりと力なく地面に垂れている。

 まるで亀の様に丸まった山岡の体は、ピクリとも動かなかった。


 真壁は山岡から離れて、自分の拳をチェックした。多少は腫れているものの、骨が折れた時のような痛みはなかった。おそらく骨折はしていないだろう。


 完全に動かなくなった山岡を見ろ押しながら、先ほど脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げ、ポケットから携帯電話を取り出す。


 これで仕事は終わりだ。


 斎藤が山岡のことを確認したあと、30万円という現金が懐に入ってくる。

 その後、斎藤たちが山村をどうしようと、真壁には関係のない。

 それが仕事というものだ。

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