第3話 睨みあい
男が席を立ったのは、一時間後のことだった。
ボトルが空になり、新しいボトルを出すように要求したがママに断られたため、仕方なく店を出ることにしたようだった。
やくざ者を病院送りはするが、女には手をあげるような真似はしないようだ。
勘定を支払わずに男が店を出たことを確認すると、真壁も席を立ちあがった。
斎藤は一緒には来なかった。
斎藤の仕事は、相手を真壁に教えるということだけだったようだ。
店を出た真壁は、すぐに男の後ろ姿を見つけることができた。
男の体は、縦にも横にも大きいため、人通りの多い道を歩いていていても見失うことはなかった。
ある程度人通りが少ない路地に差し掛かったところで、真壁は男に声をかけた。
「山岡さん」
声を掛けられた男――山岡はぴたりと足を止めると、ゆっくりと振り返った。
見覚えのない顔の男に呼び止められたせいか、山岡の顔には明らかに困惑の表情が浮かんでいた。
「えっと、誰だっけ?」
「先日、うちの人間が世話になったそうで」
そういえばわかるはずだった。真壁は北条会の人間ではないが、あえてうちの人間という言い方をした。その方が話しが早いからだった。
「なるほど。今度はあんたかい」
山岡はすぐに真壁の用件がわかったらしく、首を左右に揺らしてボキボキと骨を鳴らした。
「この道を少し先に行ったところに、建設途中のマンションがある。そこで話をしないか」
真壁は山岡を誘った。
山岡はわかったと答える代わりに無言でうなずいて、歩きはじめた。
グリーンのネットに覆われた建設途中のマンションは、人目を避けるにはちょうどよい場所だった。
山岡は少し広い資材置き場のような場所で立ち止まると、振り返って真壁のことを値踏みするような目で見た。
「あんたは俺の名前を知っているようだな。あんたの名前を聞いておこうか」
「真壁」
聞き取れるかどうかというぐらいの早口で答えると、真壁は羽織っていたダークブラウンの革ジャンを脱ぎ捨てた。
山岡もこういうことには慣れているのか、履いていた雪駄をいつの間にか脱ぎ、裸足になっている。
にらみ合いになった。
「あんた……真壁さんっていったっけ。随分と鍛えた身体してんじゃねえか。ヤクザ者じゃねえな。親分の宍戸がやられたんで、その道のプロが出てきたっていうわけかい。やっぱりヤクザっていうのは汚ねえなあ」
山岡の問いに、真壁は無言を貫いた。
「だけどよ、そのヤクザ者に使われている人間っていうもの、ロクなもんじゃねえ」
そういって腕を顔の高さに上げると、山岡は太い両腕で顔面をガードするような構えを取った。元学生相撲のチャンピオンらしく、腰はどっしりと落ちている。
「構えないのかい?」
ただそこに突っ立っているだけの真壁に対して、山岡が問いかける。
真壁はその問いに対して、うっすらと笑みを浮かべた。
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