第4話 決着
一瞬、岸田の口元が緩んだように見えた。次の瞬間、体重を後ろ足である右足に乗せて、左足を蹴りあげていた。
この動作に何の意味があるのか。
真壁はその意味を考えるよりも先に身体を動かしていた。それは本能的なものであり、反射で動いたようなものだった。
真壁の顔のすぐ脇を小石が通り抜けていった。
敷かれている玉砂利を岸田は器用に蹴り飛ばしてきたのだ。
もう少し判断が遅ければ、小石は真壁の顔のどこかに当たっていただろう。
しかし、岸田の目的は真壁に小石を当てることではなかった。
鈍い衝撃が、真壁の右足を襲った。
ローキック。岸田の脛が太ももを直撃していた。
小石に気を取られたため、真壁はガードの反応が遅れていた。
このローキックという蹴り技は、一見すると地味なものではあるが、痛みに関しては強烈であった。鉈で太ももをバッサリと斬る。そんな表現がふさわしい。
特に岸田のような空手家のローキックは強烈であった。
真壁は慌てて距離を取ろうとしたが、岸田はそれを許さなかった。
右の正拳突き、左の正拳突き、右の鉤突き、左の下突き、そして右ローキック。
フルコンタクトカラテにあるコンビネーションだった。
真壁に息をつかせる暇を与えない勢いで、岸田は攻め込んできた。
喧嘩を売ってくるぐらいだから多少はやるだろうとは思っていたが、岸田がこれほどまでとは真壁にも予想外なことだった。
これだけの動きができるということは、岸田はフルコンタクトカラテの選手クラスレベルだ。それも選手クラスの中でもトップに入るぐらいに力はある。
ただ、それはフルコンタクトカラテでの話だ。
いま、真壁と岸田がやっているのは喧嘩だ。ルールに縛られた競技ではなかった。
岸田の攻撃を受け流しながら、真壁は左手を振った。
それは、まるで目の前にいた虫を追い払うような仕草だった。
一瞬、岸田の動きが止まった。
真壁の指先が、岸田の目のあたりに当たったのだ。
その機を真壁は逃さなかった。
岸田の着ていたジャンパーの襟を掴むと引き寄せ、勢いよく自分の額を鼻っ柱めがけて打ち込む。
額に鼻の潰れる感触がしっかりと伝わってくる。
大量の鼻血が零れ落ちる。
鼻を潰された岸田はよろめきながら、前かがみの姿勢になっていた。
跳躍するかのように、真壁は膝を突き上げた。
膝はしっかりと岸田の顎をとらえていた。
骨と骨がぶつかる鈍い音。そして、なにかが砕ける感触。
白目をむいて、岸田はその場に倒れこんだ。
顎は砕け、下の歯が上唇を突き破って見えている。
先ほどの頭突きのせいで、鼻からは大量の鼻血が流れ出てきていた。
文字通り血まみれの顔面となった岸田は、そのまま起き上がってこなかった。
念のため、真壁は岸田の呼吸を確認した。
口からは、か細い呼吸音が聞こえてくる。死んではいないようだ。
真壁は倒れたままの岸田に背を向けて、神社の境内を出た。
おそらく、岸田は何が起きたのかわかってはいないだろう。
覚えているのはせいぜい、自分がコンビネーションで真壁を追い込んだというところまでだろう。そこから先の頭突きと膝蹴りは記憶から飛んでいるはずである。
岸田よりも真壁の方が強かった。それだけのことだ。
勝負の世界というは、そんなものだ。
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