第2話 漢(おとこ)ふたり

 この近所に住んでいるというわけではないが、真壁にはある程度の土地勘はあった。もう少し先へ行くと、小さな神社がある。何という名前の神社であるかまでは知らないが、そこの境内であれば人気ひとけもないだろう。


 なにも言わず、岸田は後をついてきた。


 本気で喧嘩を仕掛けるつもりならば、背中を見せているいまを狙えばいい。

 真壁はそう考えていた。


 だが、いま襲われたところで不意打ちにはならないだろう。

 真壁は背中で岸田を見ながら歩いているのだ。

 もし、襲われたとしても、いつでも迎撃をする準備はできていた。


 境内へと続く階段を上っていく頃には、完全に人気ひとけはなくなっていた。

 木々が風に揺れる音と、自分の足音、そして数歩後ろを歩く岸田の気配だけを真壁は感じ取っていた。


 境内の地面には、玉砂利が敷き詰められていた。途中には石畳もある。

 もし、石畳の上で投げを喰らったら、ただでは済まないだろう。


 岸田は空手を使うと自称したが、本当かどうかはわからなかった。

 それに空手でも流派によっては投げを使うこともあるし、こちらに空手使いだと思わせておいて、投げを使ってくるという可能性もある。

 空手だからといって突きと蹴りだけだと思わない方がいいということだ。


 真壁は、ため息を吐き出すような呼吸をしながら振り返ると、岸田と向かい合った。

 両手はジャンパーのポケットに突っ込んだままだった。


「もう一度だけ、聞く。誰に俺のことを聞いたんだ?」

 厳しい口調ではなかった。まるで、友に話しかけるような優しさが、その言葉にはあった。


 吐く息は白かった。

 岸田は、なにも答えずにじっと真壁の顔を見つめるだけだった。 


 寒さのせいで、岸田の手は赤くなってきていた。

 そのことを真壁は見逃さなかった。


 真壁はといえば、両手をジャンパーのポケットに入れており、歩いている間もゆっくりと握ったり開いたりといった動作を繰り返していたため、指の動きはなめらかであった。


 ふたりはお互いがあと一歩前に進めば、拳が届くという距離に立っている。


「あんたには何の恨みもないよ、真壁さん。ただ、俺は強い奴とやりたいだけなんだよ」

「それは困ったな。仕事なら金になるんだが……」

「いいじゃねえかよ。もし真壁さんが俺に勝てたら宣伝してやるよ。真壁っていう強い奴がいるってな」

「それこそ、いい迷惑だ。あんたみたいな連中が増えてしまう」

「それもそうだな」


 ふたりの男は笑っていた。

 これから殴り合いがはじまるという雰囲気はどこにもなかった。

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