第6話


 美しく透明な水の中。ここはどこだろう。

上を見上げると光に透けた流れがあり、それはゆっくりと目に見える。水の中にいるのに呼吸は何も苦しくない。


 小さな魚達が私の側を泳いでいく。

ここは池なの?なんて透った綺麗な水。私も魚達と泳ぎたくなって両手を広げた時、水面の流れの上の世界の光を背景にした、大きな亀が私に近づいてきた。私はその亀を見て、ここは海なのだと思った。


 私は亀の意識をその泳ぎに見た。亀は両手をひろげ私へ真っ直ぐに泳ぎ来る中に、私を見ている。


 亀が私に近づくと、私の意識が消えてしまった。そして、気づいた時は、白い砂浜の上に透明な波が打ち寄せていた。呼吸が苦しくて白い砂浜の上に寝ている顔に、透明な波が打ち寄せては引いていくのを見ながら、誰かが近づいて来るのが分かった。寝ながら仰向けに体の向きを変えると、空は青く高く日の光が輝いていた。


 

 1945年の軍事資料には、戦争末期のその時期に、その海域で亡くなった日本兵士は一人だけだった。私の祖父だった。


 祖父が空を飛んでいた飛行機の右翼から合掌しながら海へ飛んで、同郷の友はパラシュートで祖父を助けるため海へ降り、英国軍の大佐は攻撃をせず、パラシュートの同郷の友を助けた。


 そして、英国軍の大佐は、私の祖父の行方を捜索してくれていたのだ。


 その海域での当時の軍事資料に、英国領の島での記述が残されていた。その島の村長の記述があった。


 その島は、青く美しく透き通る海水と、白い砂浜の島。南国の植物や背の高い木木の葉が、のどかな明るい日差しの風景の中に風に揺れている。


 村長の話では、大きな亀が背中に日本兵士を乗せて波打ち際まで泳ぎやってきた。亀は波打ち際でその日本兵士を砂浜に置いて、踵を返して海へと戻っていった。


 その日本兵士は動かなかった。顔はまるで眠っているようだった。次の日も日本兵士は動かなかった。村長達が、祖父を埋葬してくれた。


 村の村長や他の何人もが、「あの場所に日本兵士が眠っているよ」と証言があった。


 

 現代の私は驚きの中で、夫の赴任先の軍の大佐からの話を静かに聞いていた。


 今まで写真でしか見たことがない祖父の生きた姿の映像。驚くことの連続の当時の戦時下での話。


 そして、現代の軍の行動の凄さを知った。

大佐から話を聞いた数日後、オンライン通信でその島の映像を見せてもらった。


 大きな石が建っている。石には何も書かれてはいない。人為的に地中に深く埋められ建っている。


 その場所が祖父のお墓だった。村の人達の証言の通りに、祖父の墓があったのだ。


 現代の外国の軍隊が、祖父の遺骨収集をしてくれた。祖父は日本へ帰ったのだ。祖国の大地へ。


 どこまでも続く黄金色の稲穂、庭の木には柿や毬栗が実り、桃色の百日紅の花が風に楽しげに揺れる。


 小川のせせらぎは心地よい水音を奏で、小鳥達が空に歌い、大地には虫達が一斉に鈴を転がして鳴いている。


 昔の茅葺き屋根の家の前に祖母が笑って私を見ている。祖父が私の右側に立ち私に優しく笑いかけてくれる。家の縁側の前の庭に何十人もの先に生きた親族がいる。


 私は、数歩先に沢の湧き水が浅く流れがあるのを見て、祖父が見守ってくれている中で、このまま歩いて通りゆこうとすると、


「まだ行くな」と声がする。祖父と私が振り向くと、いにしえの白い装束の男性が私を迎えに来ていた。


 私は祖母と祖父に私の母の名前を言い、

「私の先に母が来るからね」と伝えた。


 あれは、私の夢なのか。それとも、あの沢の湧き水の流れは三途の川だったのか。


 祖父の骨はうちの墓にはない。あるところで弔ってもらっている。人は死ぬと骨に魂が宿る訳ではないようだ。


 日本で祖父の軍事記録の映像を見る機会があった。目を赤くして涙をためている人もいた。

信頼はどこで築くものだろう。時に空中に。

ボーダーラインを越えて。そして、ボーダーラインを越えずに。


 私は祖父の遺骨収集に関わってくれた国国の軍隊に深く感謝している。


 そして、英国のある方方を私は深く尊敬していると共に、「勇敢な最後の姿だった」と言ってくださったそのお二人に心より感謝を申し上げる。


 永遠の時間の心は、今もこの時間に流れている。このことを想う時、私の心が芯から熱くなり涙が込み上げる。深い信頼と共に。



 

 

 


 


 


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永遠の時間 かおりさん @kaorisan

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