第3話
外国の軍事基地の夏期休暇は長い。
夫と私は、赴任したその夏に軍の保養所への休暇に招待された。
海に面して幾つものログハウスが建ち並び、メインストリートの両サイドには白い天幕が見渡す限り道沿いに立てられている。
ただ海が見渡せるだけではなく、入江の湿原の中でもあり、ログハウスの両サイドは小麦色の植物が風に揺れてどこか懐かしい。北海道で見たどこまても続く湿原のようだと思った。
太陽は高く、海は光の反射に煌めき、海からの風に肌への暑さが撫でるように払われていく。
白い天幕には、冷えた飲み物が何種類もあり、バーベキューは見たこともない大きな甲殻類が、次次に焼かれていく。肉は塊で焼かれた1人分が、笑顔の中に皿へ盛られられていく。ビールグラスに冷えた水滴がつたい流れ、喉へと瞬間に飲み干されていく。
大きなキャンピングカーで参加する人もいて、車内へのツアーに驚嘆する。
「これはまるで家のようにリビング、台所、寝室もあるね。」日本語で小さく話していると、外国語で同じように会話をしている人達もいる。
そのうちにイベントが始まり、オークションでパイ投げ権が競り争われ、大金を払い競り落とした人が私に「パイを投げて」と権利を譲渡した。
何百人もが注目する中、私はまるで野球の始球式のように、何度か投球のピッチングの真似をしては首を横に振り、パイを受けるキャッチャー役の人にいたずらっぽく笑った。白い天幕の中にいる人達が、ドォーっと響く程に笑った。
そして、投げるパイを受け取り、キャッチャーに意味深にうなずき、おもいっきり投げた。パイはキャッチャーの胸に当たり、近くにいた人がパイを拾い顔に優しくぶつけて、クリームまみれの笑顔を作った。
軍の家族の子供達が数人その周りで、おもしろそうに笑っていた。
私は自分が投げたパイを、着ていたTシャツに移そうとキャッチャー役の人に笑顔でバグをして、そして近くで笑っていた軍の大佐に両手を広げて、
「バグしてもいい?」と笑いながら近づくと、他のもう1人が「我我のボスだ」と、とっさに言って私のTシャツを引っ張った。
大佐が手を上げると、その人は私のTシャツから手を離した。私は大佐にバグをする機会を得たので、一歩いっぽ微笑みながら近づき、大佐は笑いをこらえていたが、おもいっきりバグをしたとたんに大佐は大笑いをした。
あぁ、あれは何年前の夏だろう。
私達の永遠の時間の夏の日を、今も憶えている。
その日以来、大佐は夫だけでなく私をいつも軍のパーティーに招待してくれた。おそらく、普通、誰もしないパイ投げクリームハグをしたのが、大佐にとっても楽しい夏の日だったのだと思う。
大佐とは、いろいろな事を話した。大佐の話も聞いた。過去から先の未来に今私達が何をすべきかということも。
そこには時代を越えた時間があった。私達の永遠の時間。それは私達の永遠の時間なのだ。今もずっと。
大佐は、夫と私が帰国した数年後に病気で亡くなった。
大佐が亡くなる前に私に見せてくれたあの映像。
大佐が私を探してくれた。
私の存在を辿ってくれた。
あれは私にとって奇跡の映像だった。
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