第22話:或いは更に下層で
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願わくば、と 君は思う。
願わくば、命を賭すに値する強敵であってくれと。
君は弾かれた様に飛び出した。
右手が地を擦り上げ、迷宮の石畳を抉り飛ばす。
飛ばされた石礫は凄まじい勢いで眼前の緑色の異形へ吹き飛んでいく。
異形は対応出来ない。
君の3重の『猛炎』で大きなダメージを負っていたからだ。
──『凍嵐』
石礫を飛ばすと同時に『凍嵐』を行使。
猛吹雪が異形に吹き付けられる。
その勢いは石礫の投射速度を後押しする。
敵手を凍結させ、すかさず石礫を叩き付ける事で破砕せしめんとする一連の戦術。
これは他ならぬ君自身が考案した戦術だ。
しかし、地面が石畳でしか使えぬ事と、この程度では所詮雑魚にしか通用しないという事で部隊の公認戦術として認められる事はなかった。
とはいえ、攻撃の起点としては悪くは無い。
左からモーブ、キャリエル、右からルクレツィアが同じく追撃の構えに入った。
風術を利用した高速移動でいち早く異形の懐へもぐりこんだモーブは剣を引き、突きの構えを取る。
すると見る見る内に風が渦を巻き、モーブの剣に集束していく。
キャリエルはアタフタしながらも剣と盾で……彼女が初めて君と出会った時に言ったように“ガンガン”やるつもりだった。
というかキャリエルは他の3人の様に特殊な技法などは使えない。
ただ、十分に鍛錬をすればキャリエルの放つ斬撃全てが致命打となり、こちらの攻撃はなぜか当たらないという悪夢の様な事になるため、モーブやルクレツィアなどより潜在的な危険性は高い。
ルクレツィアは攻撃に参加せずに、簡易的な障壁をそれぞれに張り巡らせるなどしていた。
元は聖騎士達と迷宮探索をしていただけあって、パーティ戦のイロハを分かっている。
だがこの時、君の予想だにしない出来事が起こった。
恐らくは自分達と同様に何かしらの障壁を張り巡らせるかなにかするか、あるいは想像を超える邪悪な反撃で1人2人死ぬかするだろうと思っていた君は度肝を抜かれてしまう。
君達の放った攻撃すべてを異形はトンマにも全てその身で受止めていたのだ。
全く効いていないとかなら話は分かる。
しかし、そうじゃない。
全部当たっているし、全部効いている。
君の放った凍結石礫は異形の各所を痛々しく破砕しているし、モーブの風を纏った突きは異形の横っ腹にドでかく穴をあけている。
しかもキャリエルが引っぱたいてる部分からも青っぽい血がながれている。
君はいぶかしげな様子でルクレツィアに問いかけた。
もしやあんな木偶に敗北したのか? と。
するとルクレツィアは首を振る。
ルクレツィアが言うには、そもそもとして自分達は何かに敗れたとかそういう訳ではないとの事だった。
ただ、迷宮探索をしているうちに仲間が1人、2人、3人……やがては自分自身にも“何か”が侵入してきた……との事だった。
侵入、ね、と君はやはり納得がいかない。
であるなら何かしらの切っ掛けがあるはずなのだ。
歩いているだけでとりつかれるだとか寄生されるだとかたまったものではない。
君がそういうと、ルクレツィアはやや考え込む様子を見せ、そういえば、と口を開く。
「8階層、そこでわたくし共は歌を聴きました。8階層は暗く、すぐ前も見えません。ですがなぜかわたくし共には "行くべき場所" が分かっていたのです。何を言っているか分からないかもしれませんが……ともかく、その場所に行きついて、そして見ました。巨大な棺が浮いていて……、そこから声がしたのです。それから先は覚えていません……」
「謎解きか、苦手なタイプだ」と君はげんなりしながら襲い掛かってくる触手を蹴り上げる。
君の、というかライカードの冒険者はもっとシンプルな邪悪を好む。
君に限らず、ほとんどの冒険者は搦め手を用いてくる様な相手をどちらかというと苦手としていた。
すると、と君は異形を観察する。
モーブやキャリエルにボコボコにされている姿を見ていると、どうにもやるせない気持ちになってしまうが、あるいはあれは言わば擬態で、本体みたいなものがいるのかと君は考えた。
でなければ以前2層で感じた忌まわしい幻視はなんだったのだという話になってしまう。
恐らくは、と君は考えをまとめた。
カル・ローン傭兵団とやらは更に下層で何かに出会ったのだろう、と。
そこで頭目諸共乗っ取られ仲間を増やそうとしている、と。
恐らくはルクレツィア達も同様だろう。
君にとってもこういうタイプは初めてであった。
君がこれまで相対してきた邪悪は、どれもこれも世界征服だのなんだの、分かりやすい目的を持っていた。
今回の相手は良く分からないな、と君は胸中で溜息をついた。
君はルクレツィアに、あの怪物を倒したら1度地上へ戻る事を告げる。
カル・ローン傭兵団、エリゴス、緑色の異形の怪物……これらの情報をギルドマスターへ伝えなければならない。
ああ、それと、と君は部屋の隅を見た。
魔剣ローン・モウアも持って帰らないとな、と心のメモに刻み込む。
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