あたしは家にいた。


あたしは食卓についていた。部屋は明るく、テレビではニュースが鳴っている。歴史的な皆既日食が見られるらしい。しかも見られるのは今夜これからだそう。

窓の外は真っ暗で静かだった。車の走る音すら聞こえない。



その中であたしはご飯を食べている。

献立は白いご飯に味噌汁、生姜焼きにマカロニサラダに里芋の煮物。


ご飯は炊きたてで甘いし味噌汁は出汁が香っている。生姜焼きは醤油の味の中でぴりりと生姜が主張して、付け合わせの千切りキャベツはみずみずしかった。


マカロニサラダはこってりしたマヨネーズ味に、隠れていたマスタードが一寸ちょっとだけ現れるからすっきりする。甘辛い里芋はほくほくしていて、体が芯から温まりそう。


冷めていない作りたてのご飯。真心の感じるご飯。すごく美味しくて箸が進む。それは本当だ。なのにあたしは物足りなかった。


だって一人で食べていたから。





「次は艶間、艶間ァ」

ぼんやりしていた意識がしゃっきりする。

外は乗っている電車が丁度、駅のホームへ吸い込まれるところだった。


意外と金剛くんの返信は早かった。とんとん拍子に話は進んで、作戦決行日はなんと翌日。流石にここまで早いのは想定外だ。嬉しい誤算でもあるけれど。

だから放課後の今、あたしは艶間駅へ向かっていた。


あの夢で見たハンカチがきっかけに、イケメンとデート。そう思うと特別な感じが心の底から沸いた。嬉しくなっていたら、ついでに今日見た夢を思い出して、ぼんやりしていたわけだ。


あたしは軽く両頬を叩いた。ヤバいヤバい。これから大切な戦いが始まるっていうのに。ぼやぼやしていちゃ失敗するでしょ、しっかりしなきゃ。

あたしは大きく息を吸う。顔を上げたのと同じタイミングでドアが開いた。



あたしは改札を出ると、右折して駅ナカを真っ直ぐに進む。駅ナカの突き当たりが広場になっていて、常に人がいる。艶間駅で待ち合わせと言えばここ、ってくらいには有名な場所だ。二階くらいの高さの時計塔もあるし目印にも事欠かない。


時計のすぐ傍であたしは止まる。時間を見ると午後三時五分前だった。

辺りを見渡したけど、金剛くんはいない。待ち合わせはここで間違いない。約束の時間は三時。あたしが早かったみたいだ。



改札の方から声がした。

「おーい、狩田さん」

金剛くんだ。大きく手を振ってやってくる。昨日の朝と同じブレザー姿だけど、今また見ると新鮮だった。香月高校もブレザーのデザインだけなら九校と変わらないのに。不思議だな。


あたしと普通に話が出来る距離まで歩いてくると、金剛くんは言う。

「遅くなってごめん。待ったよな」

「大丈夫、学校違うから仕方ないよ」

愛想良く言えば、金剛くんはわかりやすくほっとした顔をする。良い感じ。心の中であたしは笑んだ。


ただ、今のは本心からの言葉。

だって学校違うと事情が全然わからないでしょ。判断なんてできないよ。


だから約束した時間を守ること、それか遅れるなら連絡することが他校生との約束では大切なんだ。じゃなきゃ、どっちかがずっと待ってなきゃいけないし。

一寸なら良いけど三十分とか待たされるなんてまっぴらだ。絶対蹴りたいそんな予定、いや蹴る。急に用事が入ったから、とか言って帰るだろうな。




「三時過ぎたしお店混んできちゃうね。早く行こうよ」

スマホを見る仕草をして、あたしは鞄を持ち直した。こっちだよって言って金剛くんの右手を取る。瞬間、びくっと右手が震えて素っ頓狂とんきょうな声がした。


勿論、想像通り。そんな考えを隠して、あたしはしまったって顔を作る。

「ごめんッ、急に繋いじゃって。嫌だったよね」

「い、いや大丈夫ッ。びっくりしただけだから、悪いの俺だから気にしないでッ」


金剛くんはものすごい慌ててあたしに言った。

繋ぐはずだった右手を顔の前でぶんぶん振っている。わぁ、顔が真っ赤だ。蛸みたい。狙ってやったとはいえ、ここまでハマるなんて。一寸可哀想かも。


やめよう。そんなこと言ってられない。

手を抜いて失敗なんてしてみなよ。最低でしょ。



宥めるとやっと金剛くんは手を止めた。あたしはへらりと笑ってみせる。

「じゃあ気にしないでおくね。行こう、金剛くん」

「あぁ、うん。狩田さん」


まだ何かあるの。しつこさに少し気分が下がる。まぁ、うん。態度にしたら間違いなく今後は無いから出さないでおこう。

どうしたの、と明るい顔であたしは答える。


「今日はよろしくな」

あたしの左横。そこで金剛くんは溌剌はつらつに笑った。

ぱっちりした二重がすっと細まっている。短い前髪がさらっとして、まだ赤色の残る耳が映えていた。程よい厚さの唇は、綺麗な形で弧ができていた。


同時に酷くほっとする顔だった。含みなんて何も無い。唯々ただただ相手のことを気遣うように。今日の約束を楽しめるように。純粋なお人好しの笑顔だった。顔の良さも相まって、見とれるくらいには格好良かった。


だけど、あたしは直視できなかった。

あたしは軽く返事をすると、前を向いて歩き始めた。





楽しそうなBGMに甘い砂糖の匂いが一緒についてくる。

今日の目的のカフェ。そこであたしたちは窓から少し離れた席に案内されていた。


明るい店内は人がいっぱいで、店員は忙しそうにしている。メニューはさっき注文して、今はやっと一息ついたってところ。


ラテは時間がかかるし、タルトと一緒に来ることになっている。しかも店内は混んでいる。来るまで時間がかかるはずだ。しばらく二人っきり、やるなら今でしょ。



「へぇ。お洒落なところなんだね、ここ」

「うッ、うん。そうでしょ、あたしも好きなんだよね」

なんて考えていたら、向こうから話しかけてきた。どきん。口から出てくるくらい心臓が跳ねる。ついお冷やに添えた手が震えた。


思いっきり油断した。そうだった、もう戦いは始まっているんだ。しっかりしなきゃ。音を出さないようにして、あたしは唾を飲み込んだ。


へぇ、と金剛くんは黒目を丸くする。

「狩田さんはここに来たことあるんだ」

「あるよー。オープンしたてのときに友だちと一緒に来たんだ。金剛くんは初めてなんだね」

「うん。店の前を通ったことはあったけど、入ったのは初めてだな」


ははと笑って、金剛くんは頬を掻いた。

カンだけど、さっきよりも緊張が薄い雰囲気がある。一寸は近くなれたみたい。言葉が砕けているのも後押ししているのかも。


タメ語なのはラインのときにお願いしたからだ。聞けば同学年らしいし、こっちの方が距離感近いでしょ。絶対有利だと思う。


というか。あたしはお冷やのグラスを突きながら考える。

かなり強めに慌てたけど、金剛くんの様子が変わらない。嫌な印象を持っている雰囲気は感じないから、どちらかと言えば良い状況だ。もしかして鈍感なのかな。直球のやり取りの方が良いかも。




あたしは店内をぐるりと見てから言う。

「意外だなぁ。金剛くんカフェで音楽聴いたり勉強したりするイメージあるのに」

「えッそうなの、全然だよ。勉強は図書館行くし、友だちだとフードコートとかファミレスとかに行きがちでさ。勝手もよくわからないんだよな」


それにさ。そう言葉を切ると金剛くんはバツの悪そうな顔をした。

「ネットで見た以上にお洒落なお店だし、狩田さん、本当に俺と一緒で良かったの。友だちと来た方が楽しかったんじゃ」

「それがみんな最近放課後は忙しくて誘えなかったんだよね。部活とかオーキャンとかで」


勿論嘘だ。みんなには最初から言っていない。

鉢合わせると面倒だから、わざとみんながバイトや部活の日にした。


金剛くんのことは秘密にしなきゃいけないからね。それに土日とかに誘えば誰か一人くらいは付き合ってくれただろうし。


ふぅとあたしは息を吐く。テーブルに敷かれているメニューを撫でた。

「期間限定だし行けるうちに来たかったんだ。だから今日来れて嬉しいよ」

「そっか、それなら良かった。変な話してごめんな」

「全然、気にしないで」


にこっと笑えば安心した表情で金剛くんは微笑んだ。均整の取れた顔立ちに、店内のライトが柔らかく当たる。眼福ってこういうことかな。ほうと小さく息が出た。


カフェは放課後の三時だからか同世代でいっぱいだ。新メニューセットがエンスタ映えするタイプだから、特に女子高生が多い。実際に近くの席はみんなJKだ。

金剛くんが笑顔になった瞬間。周りの女子の視線がこっちに来た。


実は来たときからずっと見られていた。勿論ガン見じゃなくて盗み見で。だから金剛くんは気づいていないだろう。あたしは知っていたけど知らんぷりしていた。


ちらちら、ちらちらと。今も絶え間なく視線を感じる。金剛くんには好意が、あたしには嫉妬が。溜まらなく気持ちが良い。良いでしょ、あんたたちじゃあチャンスすら無いんだからね。あげる気も無いけど。




鼻でわらっていると、頭上近くで声がした。かたり。甘い香りが一気に強くなる。

店員があたしたちの横で言った。


「オータムフェアのデザートセット、こちらが抹茶ラテセットであちらがほうじ茶ラテセットになります。ごゆっくりどうぞ」

「わぁ」


思わず歓声が出た。

マグカップには薄い緑色の猫が顔を出していた。くりっとした目がじぃと見つめてくる。もこもこの体から小さな手がにょっきり出ていて、カップの縁にちょこんと乗っていた。


タルトはあたしの手に収まるくらい小さい。でもクリームやフルーツがうずたかく盛られていて豪華だ。タルトの頂点に置かれている、ぷっくり膨れた兎や熊のミニソフトクッキーもきゅんとする。


かわいい、かわいい、美味しそうッ。

あたしは興奮してスマホを取り出した。



「すっごいな、こんなに凝ってるの初めて見た」

金剛くんから感心した声がした。

はっとして、あたしはスマホを掲げた手を止める。つい金剛くんの存在を忘れて熱狂しちゃった。おそるおそるあたしは目の前の彼を見る。


気にした様子は無さそうだった。つんつんと、フォークの端でラテの茶色の犬を突いている。寧ろ機嫌は良いんじゃないかな。目が輝いているし口元も優しそうだし。想像以上に楽しんでくれているみたい。一寸だけ、楽しい気分が増えた。


あたしは弾んだ声で言う。

「食べる前に写真撮って良いかな。すぐ終わらせるから」

「良いよ、あ。俺のも撮って良いよ」

「えッ、嬉しい!ありがとう」



今度こそあたしはスマホを取り出す。金剛くんがあたしの皿の近くに寄せてくれる。カメラを起動してシャッター音を無音に設定して、あたしはスマホを構えた。

あのさ。目の前の声に、ついあたしはフォーカスを金剛くんに合わせた。


「代わりと言えば何だけど良かったらさ。後で俺にもその写真、ください」

スマホのカメラ越しに金剛くんが赤くなる。


うっかりシャッターを押していた。





カランカランとドアが鳴る。

秋の空気があたしたちを包んだ。


写真を撮り終えると、あたしたちはセットをゆっくり堪能した。ラテは流石に無理だったけど、タルトは半分こで分けて食べた。ほろ苦いラテに甘酸っぱいフルーツタルト。最高の時間だった。


お陰で予定より少し時間オーバーだ。駅に向かう道には、ちらほらとスーツ姿の大人が見える。歩きながらあたしは金剛くんに言った。


「今日は来て良かったよ。すっごい美味しかったね」

「俺も。今日は狩田さんの友だちの代わりになれて良かったよ」


金剛くんも楽しそうな顔をした。あたしもつられて笑う。

でも心の中ではちろりと舌を出した。元々代わりなんていないから。


まぁあんまり深掘りされても困るわけなので。

あたしは話を逸らすことにした。


「良いの良いの。ってか、金剛くんは今日で大丈夫だったの?部活とかバイトとかさ」

「平気だよ。部活はもうやってないから」

「そうなんだ。あたしは最初から帰宅部だったんだけど、何やってたの」

「野球部だったよ」



意外だ。あたしはまじまじと金剛くんを見た。

金剛くんは程よく垢抜けている。ショートカットの髪は黒いしアクセサリーこそつけていないけど、さっぱりしていて爽やかだ。野球部よりは、サッカー部とかバスケ部にいそうな感じだった。


実はさ。一寸言いにくそうに金剛くんは口を開く。

「高校1年の夏に利き腕壊しちゃって。できなくなったんだ」

「えっ腕大丈夫なの」

「平気だよ、部員としてできないだけだから」


あたしはそのまま金剛くんの腕をガン見した。いや普通に動くから無事なのはわかるけど。怪我は怪我でしょ。痛いのは嫌じゃん。


「変な壊し方したから、かなりの期間通院して。めちゃめちゃ落ち込んだよ」

右腕をぐるぐるしながら金剛くんは続ける。


「でもそのときに理学療法士さんにお世話になってさ。相談にのってもらったり、リハビリに根気強く付き合ってもらって。それで俺もこんな風に人を支えられるようになりたいって思って、今は勉強頑張ってるとこなんだ」


「そう、だったんだ」

口から出た声は、想像より弱々しかった。

その様子に金剛くんは慌ててこちらを向く。

「あ、ごめん変な話して。一寸重たかったよな」



「ううん、違うよ。すごいって思ったんだ」

あたしは鞄を肩にかけ直す。歩きながらぐ、と伸びをした。

「あたし、将来の夢とか無くってさ。成績はそこそこだから出来るだけ偏差値良い大学行こうって思ったんだけど、それだけで何も無いの」


確かに今、聞いていてあたしはショックを受けた。でも金剛くんが思うように、怪我をした話をしたからでは無い。何なら重いだなんて全く思ってない。


いきなり金剛くんとの距離が空いた気がした。

それが切なくて寂しくて、嫌な気持ちになったんだ。


ちゃんと隣で歩いているってわかるのに、はるか先にいるような。触れられるのに手を伸ばせば空振ってしまう。そう思ったら足元がぐらぐらして、不安になった。

初めて何も無いことに怖くなった。


自分が恥ずかしくて金剛くんの顔が見れない。

目をそらしたまま、あたしは語る。


「友だちはやりたいことや成りたいものがある子ばかりで、同じように金剛くんも眩しく思えたの。それだけだよ」

「そっか」

金剛くんはゆったりと頷いた。



それからしばらく、あたしたちは無言でアスファルトを歩いていた。

あーあ。心の中で溜息をつく。やっちゃった。金剛くんが言ってたけど、あたしもあたしで重たい話しちゃったよね。どうしようかな。


なんて横を見れば。金剛くんは真剣な表情でそこにいた。言葉を噛み砕いて考えているような、そんな雰囲気が周りにあった。


夕陽より綺麗だと思った。


どうしようもなく嬉しくて、体の芯が温まってくる。夕陽に照った金剛くんは雑誌のモデル並に格好良いけど。嬉しくなったのはきっと、もっと別のことだ。もっとその顔を見ていたい。心の底から思った。

ねぇ。そう言った声は我ながら一寸楽しそうだった。


「もうちょい理学療法士の話を聞いても良いかな」

「良いけど、そんなに面白い話じゃあないよ」

「良いの。興味あるんだ」

あたしは笑って首を振る。


金剛くんは間の抜けた顔をした。

それから照れくさそうな顔で、了解の返事をくれた。






「調査票、どうだった」

金剛くんとのカフェデートから2日後。

不意に伊都の声が降ってきた。


仁美は料理部、絵里は修学旅行係でいない昼休み。伊都と二人のお昼を食べたあたしは、リラックスしてスマホを見ていたんだ。

あたしはスマホの画面を消した。

「あぁ、あれね。何とかなったよ。凪丘からも大丈夫って言われた」


あたしの言葉に、伊都は目を輝かせる。ほっとした顔で頬杖ほおづえをついた。

「良かった。美緒めっちゃ悩んでたから気になってたんだよね」

「その節はどうも。もう何ともありませんよ」

「本当に良かったよ。また何かあったら言ってね、力になるからさ」


伊都はウインクして笑った。

確かに。ここ最近は伊都、絵里や仁美にも頼り切ってばかりだった。


そう思えば、ぐらり。体の奥で力が焦げて燃える。

あたしもみんなの力になりたい。話を聞いてくれるだけでも楽な気持ちになれたし、そういうちっちゃいことからで良いから。


あたしもだよ。なんて言葉を返そうとして、ふっと頭に景色が浮かんだ。自分でも開いた口が閉じていくのがわかる。

伊都の顔が曇った。あたしの顔を覗き込む。


「どうしたの、早速じゃん」

「その、最近変な夢見るからさ。それだけなんだけど」

「夢、夢かぁあ。良いね良いね聞かせてよ」



夢を見た。そう言ったあたりから、伊都の目がギラギラ光った。

うへぇと声が出た。だって明らかに態度が違うじゃん。あ、そっか伊都って占いとかのスピリチュアルなもの大好きだったな。藪蛇だったかも。


後悔しても話題を引っ込めることなんて無理だったので。

結局あたしは刺繍と夕ご飯の夢の両方とも伊都にぶちまけた。全てを聞き終えるまで伊都は興奮して、何度も宥めて大変だった。一周回って一寸怖い。


重みのあるへぇ、が伊都の口から出てきた。

「刺繍の夢ねぇ。珍しい、本当にあるんだね。しかも黒猫」

「黒猫がどうかしたの」

首を傾げれば、ふふんと伊都は胸を張った。


「どうかしたなんてレベルの話じゃあ無いよ。逆夢って言ってさ、黒猫って縁起悪いって言うけど夢に出てくると幸運呼ぶって有名なんだよね。すごいじゃん美緒」

「そうだったんだ」

あたしはしみじみした。確かにあの夢を見てから、金剛くんと知り合ったんだっけ。夢ってすごいのかも。



そもそもさぁ。そう言って伊都はカフェオレのストローを噛んだ。

「同じ夢を連続で見るってのもすごいよね、夕飯のやつ。美緒は何食べてたの、毎日違うんでしょ」

えっと。何食べてたかな。あたしは順繰りに思い出して言っていく。


「最初は生姜焼き定食で、次はとろとろのオムライスカレーセットとパフェ。今日はまぐろとか鯛とかの刺身盛り合わせと蟹鍋と天ぷら蕎麦だった、かも」

「えー、良いじゃん良いじゃん。美味しそうだよ。つか聞いてるだけでお腹減ってくるんだけど」


カフェオレ片手に、伊都はお腹をさする。さっきお昼食べたばかりじゃん。ついジト目になりそうでため息をついた。ぶっちゃけ今ここに仁美がいたらジト目で見てそう。


黙っていたら視線で続きを促された。いやしんぼめ。

「で、ニュース見てるって言ったじゃん。皆既日食についてのニュースでさ、その後に外見たら浮かんでるんだよね」




あたしが言うと。ぴたり。急に伊都の挙動が止まった。何だろう。

しばらくすれば、確認するように伊都があたしに言う。


「え、日食?月食じゃなくて日食だよね」

「うんそう。でも授業でやったけどさ、日食って昼間にあるじゃん。夜だからあり得ないよね」

「ま、まーそうだね。皆既日食、ねぇ」


伊都は腕組みをする。言いにくそうに、でも何か迷うようにじっと机を見ていた。

「豪華な食事は良い運勢呼ぶんだけど、皆既日食は悪い運勢のときに見る夢でさ。健康とかが悪くなってるってサインなんだよね」

「え、そうなの」


思いっきり目が開くのを感じる。皆既日食が夢に出ていたのは最初からだ。一日目はニュースでしか見てない。でも次の日からは生で見ているわけで。健康ってことは体調だよね。今は変じゃないってことは、これからなのかな。


大人しくなったあたしに、伊都は大慌てした。

「大丈夫大丈夫、こんなのただの夢だから。日本ではヤバいってだけで、別の国だと解釈が違うこともあるんだよ」

「そう、なのかなぁ」

「そうそうッ、きっとそうッ」


力強く伊都は同意する。すると言うとおりかもしれないと思うようになってきた。考えてみれば、夢と同じものが出てきたのは刺繍のときだけだ。生姜焼きもオムライスも、そのまんまは見たことが無い。じゃあ本当に平気なんだろう。


勢いのまま伊都から押しつけられたチョコを食べながら、あたしはぼんやりした。

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