第20話

      ◆


 三代目黒霜は、組合に所属しない刀鍛冶で、それが意味するところは集団や組織が嫌いという発想と同時に、支配を嫌う、というところがある。

 彼にセイルンのことを説明するのは至難だった。全てを私が勝手に明かすわけにもいかない。

「実はこちらは、とあるお方の配下の方で」

 ものすごく変な誤魔化しだと自分でも気づいたけど、他にアイディアがなかった。

 黒霜が目を細める。

「とあるお方? 配下? どういう意味だ」

「えっとですね……」

「そりゃ商人ってことか? それとも貴族か?」

 どうやら黒霜のカンにさわる表現をしてしまったらしい。

 私が取り繕う前にセイルンが頭を上げ、はっきりと言った。

「シシリアン大公のために、統一王陛下に献上する刀を打っていただきたいのです」

 その言葉が終わると、沈黙がやってきた。私たちの様子に気づかないカブが、ひたすら鉄を打っている音だけがしていた。

「シシリアン大公など、知らんな」

 それが黒霜の返事だった。私は額に手をやるしかなく、セイルンは呆気にとられていた。

 口元を歪めた黒霜がセイルンに指を突きつける。

「俺はシシリアン大公に何の恩義も感じちゃいない。ただの統治者だ。統治者が揉め事が起きないように、不満が積もらないようにするのは、当たり前にやるべきことだ。優れた統治者と言われているそうだが、少なくとも俺はその大公に何の借りもないんだぞ。それがいきなり刀を打てだと? 馬鹿な! 大公っていうのは第三皇子だったはずだ。金はいくらもであるだろう。国中探して、俺よりマシな刀鍛冶を探せと言ってやれ」

 ちょっとちょっと、と私は黒霜をなんとか宥め、改めますね、と無理やりセイルンを連れて店を出た。黒霜が後を追うように出てきたので肝が冷えたが「刀は明日、取りに来い!」と怒鳴っただけで、すぐに店の中に戻っていった。

 足早にセイルンを引きずって距離を取り、ほどほどのところで足を止めた。

「ああいう人もいるんですよ」

 セイルンはまだ飲み込めていないようだった。

「権力者が嫌いな人、ということです。だからって悪人というわけじゃないですが、矜持というものをはっきりと持っています。大公だからと遠慮なんてしません」

 そうですか、と答えたきり、セイルンは俯いて、黙った。

 次に顔を上げた時には衝撃は消えたようだった。

「仕方ないですね」

 それが彼の結論だった。

 宿へ戻る道すがら、私は建国祭について聞いてみた。

「刀以外の何かを献上されるのですか?」

「そうなりますね。何がいいのやら」

 それだけのやり取りだけど、彼の内心の落胆は伝わってきた。

 私と彼は宿の前で別れた。特に特別な言葉もなく、さっぱりと別れたと言っていい。

 変な結末になってしまったが、仕事は終わったのだ。

 用心棒事務所へ報告に戻る街頭は、二日後に迫る建国祭の飾りで一層、華やかだった。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る