第21話
◆
建国祭が始まっても、私の日常に変化はない。
街は屋台が無数に出て、大道芸人が妙技を繰り出し、演芸なども辻々で人を集めている。
この期間にも用心棒仕事がないわけではないけど、私はたまたま空いていて、早朝から道場で稽古をしていた。アキヅキ師は「良い酒の競りがある」と稽古をすっぽかして留守にしていた。
私は公都がひときわ賑やかな喧騒に包まれる中でも、ひたすら刀を振っていた。
ルーヴァインの技を徹底的に検証し、解体し、理解するのがここ数日の課題だった。
しかし、まったくわからない。目にした動きが少なすぎる。足の運びさえも、再現はできなかった。あの歩法は全身の動きが連動し、重心の変化、姿勢の制御さえも関わっている。
一朝一夕では無理だが、稽古とはそういうものだ。果てしない道を、一歩ずつ進んでいくのである。
昼間になって、ちょっとは祭を見物するかと外へ出ようとした時に、その来客があったのは都合が良い反面、意表をつかれた。
道場の戸を開けた私の前に、その人物は嬉しそうに笑って立っていて、私は愕然とした。
「殿下……?」
そこにいたのは、セイルンだった。
統一王国の建国祭、その最も重要な儀式で、王都にいるはずのシシリアン大公。
私が絶句していると、彼は「抜け出してきちゃいました」と言った。ふざけた冗談だった。ここから王都まで馬車で片道に丸一日はかかる。抜け出せるような位置関係ではない。
「どうしてここに、とは聞かないでくださいね」
まさに口にしようとした質問の先を読まれ、言葉を飲み込む私に「黒霜さんの所へ行きましょう」と言うなり、彼は背を向けている。
背中をじっと見て、私は彼に続いた。
公都の賑わいは新年を迎えた時よりも激しいものだ。なので大通りではなく、脇道から脇道へと抜けていく。それでも人の数は多かった。
黒霜の工房に着くまで、私は無言でいた。
理由の一つは、セイルンが黒霜をどう説得するか、気になったからだ。
工房はさすがに静かだったが、開いていた。中に入ると、拳大の石のようなものを黒霜その人が手にとって仔細に観察していた。彼が私たちを見て、眉をひそめる。私は昨日もここへ来たので、私の用事ではないと黒霜も察しただろう。そしてセイルンが、彼にとって不愉快な相手だということも忘れていない。
石を作業台に転がし、大股で黒霜が歩みよってくるのは、なかなか迫力があった。
しかしセイルンは堂々と待ち構え、ちょっと胸を張ると、はっきりとした声で言った。
「先日は失礼しました」
「失礼は今も変わっちゃいないな、兄さん」
黒霜の強い言葉と、目と鼻の先から睨み下される圧力に、セイルンは動じなかった。
「実は、これは秘密なのですが」
静かな言葉に、黒霜はわずかに身構えたようだ。
「僕自身がシシリアン大公なのです」
無言。誰も口を開かない。
それでも結局、黒霜が真っ先に言葉を発した。
「今日は建国祭の第一日目だ。王都で盛大な儀式がある。シシリアン大公はそれに出席しているはずだ」
「そこにいるのは替え玉です」
「替え玉? そんなことが許されるものか」
「これが僕の身分を明かす印です」
セイルンが懐に手を入れると、細い鎖で首から下げていた小さな物体を取り出した。黒霜が覗き込むのを、私も横から便乗させてもらった。
水晶で作られた指輪のようだが、金銀などで飾られている。
間違いなく、統一王国の王家の紋章が刻まれていた。
「偽物、ではなさそうだ」
黒霜は屈めていた背を伸ばし、しかしセイルンの前で膝を折るでもなく、ぶっきらぼうに確認した。
「大公が最も大事な儀式をすっぽかして、俺のようなものの刀を求めるというのか?」
「はい」
そうか、と黒霜は頷き、瞑目した。また沈黙だけれど、先ほどとは違う。
よかろう、と黒霜は口にした。
「その剛毅さに免じて、刀を打つ。二ヶ月は時間をもらうが、よろしいか」
にっこりと笑うと、お願いします、とセイルンは頭を下げた。
「お代はいくらでも払いますので」
「料金などいらぬ」
黒霜は言いながらもう背中を向けていた。
「王家に献上する刀に、値段をつけるほど馬鹿なこともあるまい」
嬉しそうな顔になったセイルンは、もう代金の話はしなかった。
私たちは昼間の表へ出て、顔を見合わせた。
「これからどうしますか? 殿下」
「うーん、王都に戻らなくてはいけませんね」
言いながらセイルンが歩き出している。
ここしかない。
私は素早く腰の刀の柄を握ると、一息に抜いて振りかぶった。
呼吸が刹那で整い、剣気が刀に充溢する。
時間が引き延ばされ、セイルンが振り返るのがゆっくりと見て取れる。
気迫とともに、私は彼の頭に刀を打ち下ろした。
(続く)
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