第12話

       ◆


 黒霜の工房を出て、私たちは先へ進んだ。

 セイルンは、ちょっと見て考えましょうか、と別の鍛冶屋への案内を任せた。

 夕食時に合わせて食堂や酒屋などで料理を仕込む匂いが漂う頃合いだった。

「お尋ねしてもいいですか」

 ゆっくり歩きながら、背後に問いかける。セイルンが自然な動作で隣に並んできた。

「なんでしょうか」

「あの二代目黒霜の刀ですが」

 セイルンが首を傾げる。

「あの刀がどうかしましたか?」

「あの刀の力をご存知なのですか」

 セイルンがさらに首を傾げて、不自然な姿勢になる。

 なるほど。知らないわけか。偶然ってわけだ。

「いいえ、失礼いたしました」

「力、とは? ぜひ、教えて欲しいです、マーガレットさん」

 私は周囲にそれほど人がいないのを確認した。そもそもから気を配っていたから、いるのは無害だろう人たちだけだ。

 視線を巡らせると、ちょうど拳大の石が隅に落ちている。石畳の街では珍しいが、都合がいい。

 私は石を手に取り、セイルンの前に置いた。

「あまり騒がないでくださいね」

 念を押してから、私は刀を抜く。通りかかったものがぎょっとして距離を取るが、騒ぎはしない。しかし数人が足を止めた。

 私は切っ先を石に当てる。触れ合って、小さな音が鳴った。

「いいですか」

 そう言って、私は柄を握る右手に力を込める。しかし刀を石に押し当てるわけではない。刀の位置はあくまで固定。

 呼吸を整え。

 心気が切っ先に流れ。

 太氣が渦巻き。

 剣気となり。

 切っ先へ。

 呼吸を止めると同時い力を解放した。

 刹那、石が粉々に砕けて飛び散った。

 セイルンは黙っていたが、見物していた数人が声を上げる。私は素早く刀を鞘に戻し、「行きましょう」と歩き出した。脇道をいくつも抜けて、改めて周囲を確認して安全を理解する。

「マーガレットさん、さっきのはなんですか?」

 セイルンが意気込んで問いかけてくる。

 予想できた問いだけど、しかし、本当に知らないのか。

「あれは剣気と呼ばれるものです。魔法使いの魔法のように、剣士は剣気を使うのです。もっとも、あまり一般的な技ではありません」

「修練を積んだのですね、マーガレットさんは」

「まだ未熟ですが、剣気には刀剣の性質が関わります。魔法使いの杖や触媒に当たります」

「なるほど。さっき、マーガレットさんが言った刀の力とは、剣気を練り上げるのに適した刀、という意味ですか」

 そうです、と私が頷くと、セイルンは嬉しそうな顔になった。

「剣気にまつわる知識はそれほど持ち合わせていませんし、あの刀が特別なものだとは思いませんでした。単純に、美しいだろうな、と思ったのです。あの刀は、それほどの業物ですか?」

「蔵が建つ、などというものではないでしょうね。一生を遊んで暮らせます。ですが、売り買いするものではありません。使い手を待っているのですよ、あの剣は。いつか誰か、ふさわしい使い手が現れるのを、いつまでもいつまでも待つんです」

 セイルンはただ頷いて聞いていた。

 私は今ならと決意し、本筋の質問をぶつけてみた。

「刀剣を用意して、どなたが使うのですか」

 セイルンは「今の話の後だと口にしづらいですね」と言ったが、ちゃんと続きを口にした。

「実は、統一王陛下に献上しよう、と思っていました」

 なんだって?

「統一王陛下、とおっしゃいました?」

「ええ。建国祭が近い。何か良いものがないかと思案して、刀剣はどうだろう、と思ったのです。できるだけ質の良い刀剣。陛下がその剣を使うことはないだろうし、飾ることもないでしょうが」

 私は言葉を失っていた。

 統一王というのは、七つの国家群の最高権力者だ。若くして小国の主となり、長い長い戦争を勝ち抜いた末に七つの国家を平定し、フォンルン統一王国としてまとめた稀代の英雄。

 すでに高齢と聞いているが、その権威に陰りはない。時間の流れとともに神に等しい存在となり、貴族に限らず、国民からも絶対的な支持を得ている。戦争による荒廃と悲劇を消滅させた、伝説と言ってもいい人物。

 建国祭において、統一王に品を献上する者は多い。

 しかし、セイルンはどうだろう。見たところ、二十歳そこそこの年齢で、それほど華美な身なりでもない。実は大貴族の若き当主、ということだろうか。しかしそんな立場の人間が、こんなところで自ら刀鍛冶を探し、訪ねるだろうか。

 しかるべき立場の人間には、しかるべき態度と行動が求められる。

「どなたかのお使いということでしょうか」

「え? どういう意味ですか?」

 さすがに私も動揺して、言葉がめちゃくちゃだったか。

「セイルンさんはどなたかのお使いとして、刀剣を探しているのですか」

「そんなところです」

 嘘だな。直感した。

 笑っているセイルンをじっと見据えてみる。彼の笑顔が少しずつ顔が引きつってきた。

 もう一押しか二押しすれば、崩せるだろうか。

「どなたですか」

「えっと、僕の主人のことですか? それは、その、言えません」

「あなたはどこから来たのですか?」

 詰め寄ってみると、いよいよ言葉に困ったようだ。

 どこだったかなぁ、と彼は支離滅裂なことを言ってはぐらかそうとする。

 私は決定的に彼の口を割らせるべく、次の言葉を向けようとした。

 しかしそれはできなかった。

 会話に夢中になっていたが、人が近づいてくる。

 それも不穏な気配とともに。

 視線を配ると通りを私とセイルンを挟むように二人ずつが歩いてくるところだ。

 四人が同時に腰の後ろから短剣を抜いたのが見えた。

 低い姿勢で疾駆してくる四人を前に、私はセイルンを突き飛ばして壁際へ押しやった。

「大人しくしててください」

 返事を聞く前に、私は刀を抜いた。

 すでに間合いはないも同然だった。

 銀光が複雑に光を反射し、視界に残像を残す。



(続く)

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