第11話

      ◆


 刀鍛冶である黒霜は、シシリアン公国の成立以前からこの辺りで仕事をしている一派から分離した流派である。

 今の黒霜が三代目で、二代目が寡作ながら名刀を多く打ったと言われる。

 しかし二代目の直弟子ある三代目が活動している工房は、廃屋じみたぼろ家だった。中に入れば、設備がそれなりに新しいものに交換されているけれど、建物自体は放置に等しい。

 表にはかすれ切った字で「黒霜」と書かれた看板が出ているけど、古い看板、というだけのことで、客が寄ってくるようでも、客が感銘を受けるようでもない。

 というわけで、セイルンも胡散臭さを感じたんだろう、ちょっとだけ入る前に足を止めた。私がちょっと睨むと、彼はちょっと困ったように笑い、先に店に入った。

「ごめんください」

 控えめな声だけれど、返事はない。聞こえてくるは甲高い音の連続。

 私が首を傾げたのは、それが聞き慣れた音と違うからだ。

 ちょっと待っていてください、と私はその場にセイルンを残し、建物の奥へ勝手に進んでいく。古い炉が並んでいて、しかし最近に使われた様子はない。その間を抜けると稼働している炉があり、赤い光がちらついている。

 その前で鉄を鍛えている人物が見えた。規則正しい音の連続も彼の手の槌が、力強く鉄を打っている音だった。

「へい、カブ」

 私が声をかけても聞こえない。鉄に集中しているのだ。

 邪魔するのも悪いかな、と彼が気を緩めるまで待つことにした。かろうじて建物の入り口で待つセイルンが私には見て取れたので、待つように身振りで伝える。

 それから長い時間、黒霜の弟子のカブはひたすら鉄を鍛えていた。

 根気のいる作業だ。炉のすぐそばなので熱もすごい。私さえも汗にまみれて、それとなく手で風を送るくらいだった。槌の重さも相当なものだ。彼はそれを簡単に振り、振り続ける。

 体が動くたびに、筋肉のうねりが見えるようだった。

 鉄はおおよそ形になっていたけど、カブはそれを時間をかけて仕上げた。

 フゥっと彼が息を抜いたところで、「終わった?」と声をかけると、驚きのあまり尻餅をつきそうになっていた。

「あ、あ、姉さん、いつからそこに?」

 カブはまだ若いけど、私より若いということはない。私が黒霜と親しいから、顔を立ててくれているのだ。

「ついさっきから。親方はどうしたの?」

「親方に用事ですか?」

「お客を連れてきたのよ」

 やっとカブが立ち上がり、セイルンの方を見た。セイルンも槌が鉄を打つ音が途切れたせいだろう、こちらを見ていた。カブが頭を下げると、セイルンも笑顔で頭を下げる。

 カブがちらっと私を見る。

「純粋培養の優男が刀をご所望っすか?」

「優男でも使う奴は使う。違う?」

「違いやせん」

 二人でセイルンのところへ戻る。カブが部屋の隅に重ねてあった椅子を用意し、埃を払って設置した。次に水が用意された。ここで茶などという洒落たものが出たことはない。水も生ぬるい水だ。

「何をご所望でしょうか」

 素直に椅子に腰掛けたセイルンに水の器を手渡しながら、カブが質問すると「刀が欲しいのですが」とセイルンは控えめに答えた。

「刀っつっても、色々ありますけど、具体的に教えてください」

「一級品、でしょうか。例えば、あれのみたいな」

 セイルンが指さした先を私とカブが見て、思わず視線を交わした。

 壁に掛けられている刀は、三代目黒霜の作ではなく、二代目黒霜の作品だった。

 銘は「雷鉄」。

 一級品どころか、芸術品だった。

「冗談はやめてください」

 笑いながらカブが言う。

「あれは先代の傑作のひとつで、売ることなどできませんし、同じものを打つこともできません。飾ってあるだけです」

 そうなんですか、とセイルンは全く動じない。

「では、とりあえずは打てる限りの名刀が欲しいのですか」

 うーむ、とカブが腕を組んだ。

「実はですね、今、親方は鉄を仕入れるために留守にしていまして。適当な刀なら俺の作品で在庫があるんですが、そういうわけにもいかないですよね。俺のじゃダメですよね?」

「あなたはどれくらい修行しているのですか」

 目的の職人の不在を聞いた直後のセイルンの問いかけには、逆にカブが狼狽した。

「俺なんて、ただ三年です。まだ何も知らないようなものです」

「他にお弟子さんは?」

「うちの親方は弟子を取りません、滅多に。というのも」

 言いづらそうだったカブの代わりに、私が言葉にした。

「黒霜は鍛冶屋組合に入ってないんです」

 今度はセイルンも驚いたようだ。

「組合に入っていない? では、どうやって刀剣を販売するのですか?」

「ええ、それは」

 カブが気を取り直した。

「いろいろと苦労しますよね。組合の中での価格設定の協定に縛られませんが、値段を高くすれば買い手がつかない。値段を安くすると、組合に目をつけられる。大口の契約は入ってこないですし、弟子もここで学んだところで、独立するのが難しい。組合が仲間に入れようとしないですから。というわけで、ここは鍛冶屋ですけど、親方の趣味の作業場ですね、言ってみりゃ」

 セイルンはちょっと考えたようだったが、「親方という人物はいつお戻りになるのですか?」と確認した。カブが苦笑いして答える。

「近いうちに戻って来るでしょうけど、二日か、三日か。でも親方は滅多に依頼を受けませんよ。ついでに値段も高い。他を当たってみてはどうですか?」

「彼女の刀はここで打ったものでしょう?」

 セイルンが私を見ている。カブも、なんとか説得してくれ、という目で私を見た。

 これも用心棒の仕事のうちだろうか。

「私は師匠からの紹介でしたから」

 ついでに剣の腕を確かめられた、ということは伏せておいた。

 黒霜の気難しさは言葉では表現できないし、何が彼を納得させるのかも、やっぱり言葉ではない。組合に入っていないのも、組合に入ることで生じる雑用が嫌なだけだと私は思っている。

 自由に、やりたい仕事を、やりたいようにやる。

 立派とするべきか、勝手とするべきかは、私が評価することではない。

 結局、セイルンは黙考の後、「今回は失礼します」と椅子から立ち上がった。どうも、と声にしたカブは心底からホッとした様子だった。

 表へ出て、私はセイルンに問いかけた。

「どうしますか、別の鍛冶屋を当たりますか」

 そうですね、と答えたセイルンの言葉がどこか心ここに在らずなのに私は気付いた。

 何を考えているのだろう?



(続く)

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