第2話

       ◆


 暗殺者はいかにも普通の服装をしている。顔も隠していないが、特徴はない。

 どこにもいそうな風貌と服装とは、まさか本当に暗殺者組合だろうか。

 二人の間合いの取り方は、実に絶妙だ。

 私は前後を挟まれている上に、動きの鈍いルルドを守らないといけない。

 攻めるしかない。それも即座に。

 決断と行動は同時だった。

 前に踏み込む。シルバー流剣術の歩法「空歩」。

 滑るように間合いを潰し、刺突で肩を狙う。殺してしまうこともできるが、殺してしまえば相手が誰なのか、依頼主は誰なのか、何もわからない。

 ただこの時は、手加減が過ぎたようだ。

 暗殺者の短剣が私の刀に合わされ、刃と刃の間で火花が散る。

 刀の切っ先が横へ流され、虚空を貫く。

 もし一対一ならここから崩していけるが、今は背後にもう一人いる。

 地を蹴って、路地を形成する壁へ跳ねる。壁を蹴りつけ、斜めに背後へ。

 ルルドを狙っていた一人が、私の急接近に攻撃対象を変更。

 私の短い振りの一撃を、相手は短剣で受けた。

 だが今度は私がその受けを予想している。

 両手に力がこもる。

 この世界の万物にあまねく存在する太氣を練り上げ、それを刃がまとう。

 剣気とも呼ばれる力は、魔法と限りなく近い技である。

 刀が短剣を断ち切る。

 暗殺者が姿勢を崩しながら、蹴りを放って私を牽制。重い一撃を受け止めたせいで、私の攻撃が停止。またも相手がもう一人いることが枷となり、押し込む余地はない。

 改めて間合いを取り、しゃがみこんでいるルルドのそばへ戻る。

 暗殺者の一人は短剣を構えて、真っ青な顔をして私を見ている。もう一人は予備の武器なのだろう、飛刀にも見える小刀を手にしていた。そんなものでは私の刀を受けるのも流すのも無理だろうけど、わざと犠牲になってもう一人に私を倒させる戦法も取れる。

 私は刀の構えを変え、呼吸を整える。

 手加減したいところだが、相手が引かないというのなら、覚悟してもらおう。

 機を見るのは難しいが、うまくやれば二人を同時に切り捨てることはできる。

 そこへ誘導することに私は決め、両者に視線を配り、足の位置、刀の位置を加減した。

 暗殺者の二人ともが測ったように、動きを止めた。

 あと一歩、いや、半歩でも踏み込んでもらえれば、こちらから仕掛けられるのだが、今の間合いでは攻めに出るのは危険すぎる。

 紙一重の間合いで、状態は膠着した形だ。

 私も緊張を維持し、心気を統一し、いつでも動ける構えを維持した。

 暗殺者が動く。

 一歩、下がった。

 逃げられる、と思ったが、切る必要はないのだと思い直した。

 私が見ている前で、二人の暗殺者はそれぞれこちらに背を向けて一目散に逃げた。一人で両方を追うことはできないし、一方を追ったとしても、まさかルルドを置き去りにして追跡するわけにはいかない。

 私の仕事は暗殺者を切ることでも捕らえることでもなく、護衛対象を守ることだった。

 息を吐いて、刀を鞘に戻す。

 ルルドはどうしているだろうと思うと、石畳に尻をついたまま、土気色の顔をして私を見ていた。まるで自分が刃を向けあったような顔をしているが、彼はただ見ていただけだ。

 私が死ぬ、とでも思ったのだろうか。

 いや、自分が死ぬ、と思ったのだろうな。

「乱暴なことをしましたが」私は彼に手を差し伸べた。「怪我はしていませんよね」

 がくがくと頭を上下させて頷くと私の手を取った。無様に震えているだろうと予想していたが、彼の手は少し冷たく、汗にまみれているだけで、震えてはいなかった。その程度には肝が太くなければ、闇の商人と接触などしないか。

 彼を立ち上がらせて、服の埃を払ってやった。

「どうします? 商談の場に行きますか?」

 そう問いかけたのは、暗にこの商談はふいにした方がいい、という助言だった。暗殺者がどこの誰の差し金かは知らないが、ルルドの立場はだいぶ危険に思える。商談の相手が警告のためにルルドを襲った可能性もあるし、今回の商談を妨害したいものが暗殺者を送った可能性もある。

 ここで逃げを打つのは、面子に関わることではある。しかし命を失うよりかはマシだろう。

 ルルドは即座に計算したのか、それとも実際に剣を向けられるという恐怖体験に突き動かされたのか、「そうだ、そうだな」と激しく同意した。

「どちらまでお送りましょうか」

 確認すると、ルルドは宿の名前を口にした。

 思わず私は眉をひそめたが、ルルドはまだ動揺した様子で「供の者がいるのです、あそこに戻れば安全です」と一息に言葉にした。

 供の者、というのは傭兵か何かだろう。この街へ来るまでの護衛ということか。裏取引には関係させたくない、表向きの護衛?

 別に自分が汚れ仕事をしているとは思わないが、舌打ちに一つくらいは許される気もした。

 いきましょう、と私はルルドを促した。路地から大通りへ出るまで私は左手を刀の鞘に当て続けた。大通りへ出ても、雑踏を形成する人の群れの中に違和感がないと判断するまで、左手はそのままにした。

 ルルドは足早に通りを進む。私もすぐ後に続く。

 本当に暗殺する気があるのなら、と私は想像していた。

 こういう雑踏の中で、まったく無害な人間を装って忍び寄り、隠し持った得物でひと突きして仕止めるのではなかろうか。

 大胆だし、私がすぐそばにいる以上、気付かれずに接近できるか、暗殺を決行した後に無事に逃げ出せるか、それはまったく判然としない。ただ真に厄介な暗殺者は死を恐れない。死を恐れない存在ほど手に負えないものだ。私感では暗殺者よりも、剣術家に如実な傾向だけれど。

 通りを進む間も、私としては気が休まらない時間が続いた。ルルドが足を速めてズンズン進んでしまうので、周囲への警戒に神経が必要だった。

 無事に襲撃もなく、私とルルドは目的地の宿へたどり着くことができた。

「では、これで」

 ルルドが最後に足を止め、私を振り返り軽く頭を下げる。その顔が上がると、不安しかない表情があった。

「マーガレットさん、面倒をおかけしました。なんといったらいいか……」

 仕事ですから、と私は笑って見せた。

 笑顔にどれだけの力があったかは知らないけど、ルルドも笑顔になり、今度こそ宿に入っていった。

 私は素早く周囲を再確認し、念のために宿の周囲を歩いてみた。誰かが監視しているのではないか、と思ったらかだ。不必要なサービスだけど、私としても、自分の身の安全のために念を入れておきたかった。私が不意打ちされる可能性が捨てきれない。

 結局、何もなかった。

 私は緊張の段階を一つ下げて、用心棒事務所が入っている建物へ向かった。

 報告の必要があったからだけど、普段はここまで急ぐことはない。

 私の中に引っかかっていることが幾つかある。それを誰かと議論したい気分だった。

 路地での戦いなどなかったかのように、公都の通りは普段通りだった。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る