第3話 マッチングアプリに、求める条件


「そろそろアクションを起こそうと思う」


 苺愛が作ったカレーを食べている最中、俺は苺愛にそう提案した。

 俺的には、マッチングアプリで恋人を探すのは、名前と年齢、一言の情報さえあれば、充分だと思っている。


「22歳のあああああさん、顔写真も無くて、妹の尻に敷かれる社畜さんに、誰が会ってみたいと思う?」

「物好きもいるかもしれないだろ。という事で、俺は初回でもらえた、50のいいねで、気になった人を良いねしてみようと思う」


 そしてカレーを食べ終えた後、俺はマッチングアプリを開いて、気になる相手を探すことにした。


「いいねって、SNSみたいに、無限に押せるもんじゃないの?」


 俺たち、SNS世代では、そう思ってしまうだろう。俺も始める前は、そう思っていた。


「限りがあるんだよな。だから昨日、6000円ほど使っていいかって聞いたんだよ」

「うわ、めっちゃだる」


 すべての女性に、手当たり次第に押せるものじゃない。自分が気に入った人に押していくしかないようだ。


「と言うか、お兄の相手に求める条件は?」

「年齢は気にしないし、年収も学歴も気にしない。けど、どうしても譲れないものがある」

「何それ?」

「お酒を飲む人は、絶対ダメだ」


 俺は、お酒を飲まないが、飲み会の付き合い程度で一杯ぐらいのビールなら飲むこともある。

 調子に乗って、お酒をたくさん飲んでいくと、段々と酔っぱらって、そして自分を制御できなくなる。絡んでくる人、上司みたいにねちねちと説教してくる人、道端で吐いている人。そんな大人たちの惨めな姿を見たら、俺は次第にお酒が好きな人を嫌悪するようになっていた。


「それだったら、ほとんどの人がダメになっちゃうけど?」

「だから、血眼になって探さないといけないな」


 気合を入れて、お酒を飲まない女性を探そうとしたら、苺愛に肩を掴まれ、血相を変えてこう言われた。


「お兄。妥協って知っている? 小さい事は妥協しないと、恋人関係は成立しないよ?」

「苺愛。これは絶対に譲れない。お酒を飲む人はクズだ。人間失格だと思っている」

「お兄。世界中の人を敵に回す言葉は、軽々しく言っちゃダメだから」


 あまり納得できていないが、俺は苺愛の助言を聞き入れることにした。


「苺愛の言いたいことは分かった。つまり、こういう事だな」


 俺は、自己紹介文に、新たに書き加えた。


『初めまして、†あああああ†と言います! 妹に尻を敷かれる、20代の社畜です! お酒を飲む人は、恋愛対象として見られないので、悪しからず』


 それを苺愛に見せたら、真顔でスマホを奪われて、名前以外の文章は、すべて削除されてしまった。




 苺愛が入浴中、俺はかなり腹を括って、お酒は時々飲む人は受け入れる事にした。


「お兄。良い人はいたの?」


 神にタオルを巻いて、パジャマ姿になった苺愛が、俺の進捗を聞いて来た。


「苺愛……。相手の女性は、どこで判断したらいいんだ……?」


 そう聞いたら、苺愛はズッコケて、壁に顔をぶつけていた。


「お酒にこだわる人が、今更それを聞くっ!?」

「年齢や学歴は気にしないと言った。けど、どこまで妥協したらいいのか、分からなくなってきたんだ……」


 良い恋人関係を築くなら、互いに妥協し合うと助言した苺愛。


「年齢で言うなら、50代の女性もオッケーにするのか、学歴も中卒をオッケーにするのか。いや、年齢はプラスマイナス5歳までにするのか、大卒じゃないとダメなのか。そう考えると、俺はどうしたらいいのか分からなくなった」


 そう、苺愛に相談すると、苺愛は俺の頬を人差し指で突いて来た。


「お兄は極端なんだよ。今のお兄は、どこまで自分を犠牲にするかで悩んでいるから。妥協と犠牲は似ているようで違うし、そこはお兄の好みで判断するべき」


 それを言って、苺愛は俺から離れて、冷蔵庫から飲み物を取り出して、ラッパ飲みしていた。


「……なら、この人。……あ、この人も良い感じだ」


 俺は、自分が考えた条件を満たす人がいれば、躊躇する事無く、いいねを押していった。


「……お、もうこんな時間か」


 苺愛も、いつの間にか自室にいて、気が付くと、日付も変わる頃だったので、俺は今日の恋人探しを終えて寝ることにした。




 翌朝。俺はスマホに表示されている通知に、目を疑った。


『iさんとの、マッチングが成立しました!』


 俺は初めて、女性からいいねを返されたことを、苺愛に報告しに行くと、苺愛は持っていた食器を床に落としてしまうほど驚いたようで、一時的にフリーズしてしまった。

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