第2話 マッチングアプリの、自己紹介文
『†あああああ† 22歳 会社員の俺が、カッコいいと思ったら、仲良くしてくれ』
そんな風に書いたら、妹に思い切り膝を蹴られ、俺は痛みで床を転がり回った。
「バカじゃないの?」
「俺は、真剣に考えたつもりだぞっ!?」
「22歳の社会人が、中二病全開でやっていたら、尚更キモいからっ!! それと何っ!? この生徒手帳の顔写真みたいな、生気の無いアイコンはっ!?」
アイコンが未設定なのは、良くないという事は分かったので、俺はあまりネット上に顔写真を乗せたくなかったのだが、住所を特定されないよう、自分の部屋の壁を背景にして、自分で顔写真を撮った。
「失礼な。免許証の写真と言え」
「どっちも一緒だからっ!? それと、ネット上で自撮り上げている人って、結構敬遠されるんだよっ!」
「そうなのか。履歴書の写真とかは、こういう写真が好印象なんだけどな」
とりあえず、俺が1時間かけて思いついたプロフィールは、すべてダメだったようだ。
「それなら、どうすればいい?」
「さっきも言ったけど、お兄も20代の女性だったら、どんなプロフィールだったら、会ってみたいと思うかって事」
「俺は、こういう人なら会ってみたいと思う」
「……お兄は、そう言う人間だった」
俺と考えが近しい人なら、きっと気が合って、話が弾んで、すぐに仲良くなれるだろう。
「名前とアイコンは後回し。まずは、自己紹介文を直すからっ!」
「気に入っていたんだけどな……」
苺愛に俺のスマホを奪われて、妹が代わりに入力する事になった。
「初めまして……。って、この記号はどうやったら出るの?」
「苺愛もまだまだ未熟だな。それは短剣符、もしくはダガーと打てば出てくる。大学に行けば、必ず使う機会があるから、今のうちに覚えておくといいぞ」
「お兄の中二病知識を覚えるほうが、大人として損している気がする」
そう言って、苺愛は黙々と俺の自己紹介文を入力している間、俺は苺愛が作ってくれた夕食を食べた。
「今日も、手作りのハンバーグが美味しい」
「そ」
お金を稼いでいる俺に対して、苺愛は家事を負担している。これまで打ち込んでいてバスケ部を辞めることなく、平日の洗濯や料理をしてくれる妹に、俺は頭が上がらない。
「ん」
「サンクス」
苺愛は、俺にようやくスマホを返して、俺に自己紹介文を見せてきた。俺はどんなふうに生まれ変わったのか、少し期待して確認した。
『初めまして、†あああああ†と言います!』
苺愛の改稿作業は、文章が削られただけで終わっていた。
「……お兄の良い所が思いつかなかった」
「分かる」
「お兄と一緒にしないで」
苺愛はそう言って、再びソファーに寝転んで、自分のスマホを触り始めた。
「参考程度に、相手の方の紹介文も確認したけど、それぐらい短い人もいた。暫くは、それで大丈夫だと思うよ。お兄の中二病全開の紹介文よりは、遥かにマシ」
「つまらんな。やはり、カッコいいと思った人は――」
「お兄の痛い中二病発言の方が、よっぽどつまんない」
苺愛は、そうツッコんでから、再び体を起こすと、俺にこう言った。
「明日、買い物に付き合ってよ。お米も無いし、うち一人じゃ、持って帰れないから」
「それは大変だ。勿論、付き合うぞ」
マッチングアプリを始めた初日。いいねが付くことなく、ただプロフィールを変えただけで、今日の恋人探しを終えた。
仕事を何とか定時内に終わらせて、俺は、最寄り駅のコンコースで苺愛と合流して、家近くのスーパーマーケットに向かった。
「お兄。お米は最後に買えばいいんだから、買い物中、ずっと持っていなくても良いよ」
「いやいや。これぐらいはさせてくれ。それと、色んな物を買った結果、本来の目的を忘れることもあるからな」
10キロのお米を持って歩くぐらい、俺は何も思わない。苺愛の日頃の大変さと比べれば、大した事は無い。
「今日は時間あるし、作り置きも出来るカレーかな?」
「いいな。苺愛のカレーは、チェーン店のカレーよりも美味いからな~。いつか、インドの人が弟子にしてくれとか言ってくるんじゃないのか?」
「ふふん~。もっとうちを褒めたまえ~」
苺愛は上機嫌に買い物を進めていき、そして会計を済ませて、買い物袋を持って家に帰っていると、苺愛は、ふとこう言った。
「分かった? 自分の良い所」
「分かっていたら、のほほんと妹と帰っていないな」
「ま、うちとの買い物の事を思い出せば、一文ぐらいは増えると思うぞ」
そう助言された後、俺は家に到着し、自室でしばらく悩んだ30分後。
「苺愛。こういう事だろ?」
カレーを作っている苺愛に、マッチングアプリの自己紹介文を見せると、また妹に膝を蹴られて、俺は悶絶した。
『初めまして、†あああああ†と言います! 妹に尻を敷かれる、20代の社畜です!』
この文のどこがいけないのか。帰りの事を思い出して、書けと言ったのは、苺愛じゃないか。
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