第19話 王女は皇子を唆す
私は第三王女マリアンとして生を受け、周りから惜しみない愛情を注がれすべて思い通りにしてきた。
それなのにこの学院に入学してからはなにかと邪魔が入り、うまくいかない。
「なんですって? テオフィル、本当なの? サザランドの第二皇子がハーミリアにご執心ですって?」
「はい、ハーミリア嬢をお守りすると公言されております。そのためマリアン様の指示で流していた噂も一部は沈静化しました」
「本当に忌々しい女ね……っ! ライオネル様に続いて帝国の第二皇子まで!」
だけど、確か帝国の第二皇子は妾腹で後ろ盾はないに等しい。もしあの皇子がハーミリアを口説き落として帝国に行ったとしても、あの皇子の妻ではまともな待遇は受けられないだろう。
そもそも女好きで節操がないと聞いたことがある。
どうせチヤホヤされているのも、今だけだわ。
「うふふ、いいことを思いついたわ。あの皇子に接触するわよ」
「クリストファー殿下ですか?」
「そうよ、ハーミリアの今日の生徒会の仕事は免除してさっさと帰っていただきましょう。ローズ、貴女が代わりにハーミリアの仕事を片付けておいて」
「承知しました」
私はハーミリアに今日は生徒会の仕事がないと告げて、クリストファー殿下がひとりになるタイミングを狙った。
ハーミリアが迎えの馬車に乗り込むのを見届けたクリストファー殿下は、名残惜しそうに馬車を見送っていた。
一時的なものなのに、随分と心を寄せているように見えるけど、私は気にせずその背中へ声をかけた。
「クリストファー殿下」
「……ああ、マリアン王女か。なにか用か?」
「ええ、ハーミリアについて少し相談がございますの。お時間いただけますか?」
「わかった」
生徒会室へやってきた私は、早速本題に入る。
「ハーミリアに婚約者がいるのはご存じかしら?」
「ああ、一度も姿を見たことがないが、そうらしいな」
「ハーミリアの婚約者であるライオネル様は今、私との婚約を整えるために準備されてるの。だからハーミリアはそのうち婚約を解消されるわ」
「そうなのか!?」
やっと皇子が食いついてきた。ここで皇子をうまく煽って、ハーミリアとの仲をすすめるように焚きつけるのよ。
「ええ、ですから、ハーミリアをしっかりと捕まえていてほしいのです」
「そうか……それなら、多少強引な手を使っても問題ないか」
「皇帝陛下からの勅命であれば誰であろうと無視できませんわ」
「ふむ。ハーミリアが婚約解消されるのはいつだ?」
ギラリと獲物を狙うように琥珀色の瞳が光る。ハーミリアを手に入れるために、本格的な行動を起こす気になったようだ。
「そうですわね、あと一週間もあれば王命として婚約解消できますわ」
「一週間か、ならば俺の方も間に合わせよう」
「くれぐれもハーミリアには知られないようにしてくださいませ」
「そうだな、わかった」
クリストファー殿下は帝国に使いを送るべく、学生寮へ戻った。魔道具を使えばさほど時間はかからないから、皇帝の勅命も間に合うだろう。ライオネル様から連絡はないけれど、王命さえ出してもらえば問題ない。
「そうだわ、今日は私も早く王城に戻って、クリストファー殿下に魔道具を準備しないと」
もうすぐ叶う望みを想像して笑みがこぼれる。どんなにハーミリアが足掻いても、王命と帝国の皇帝からの勅命があれば逆らう術はない。これでやっとライオネル様は私のものになるのだ。
「うふふ、今夜お父様にお願いしましょう。ああ、そうだわお兄様は小言ばかりだから、こっそりお願いしなくてはね」
私は久しぶりに機嫌よく生徒会室を後にしたのだった。
* * *
マリアンがなにか新たに企んでいるのは、兄としてわかっていた。
これでも王太子教育を受けてきて情報収集や人心掌握の術も学んでいる。だから私は周りの有能な人材を大切にしてきたし、各所に配置している私の手のものから報告を受けていた。
「ふーん、なるほど。いよいよマリアンにはお仕置きが必要だな」
「他にも今までのハーミリア・マルグレンに関する不当な噂や、ドリカ・モロンの騒動も裏で糸を引いていたのはマリアン様です。証拠はこちらです」
「必要であれば私たちが証言もしますわ」
「うん、その時は頼むよ。ローザもテオフィルも、それまでは今まで通りに動いてくれ」
「「承知しました」」
マリアンの取り巻きとして配置していたのは、王家に絶対の忠誠を誓うトライデン公爵家とシュミレイ辺境伯の者たちだ。入学する前から手を回し、監視も兼ねてつけていた。
生徒会室をマリアンに使わせていたのは、その方が監視がしやすかったからだ。私が王族しか使えない貴賓室を使うことで気が緩んだのか、マリアンはさまざまな悪事を生徒会室で働いてきた。
もともと父と母に甘やかされて育てられたから、わがままで我慢ができない性格のマリアンが王族として問題なくやっていけるのか不安だった。
目をつぶれる範囲ならそのまま卒業させようと思っていたが、さすがにやりすぎだ。
私の側近であるライオネルを脅迫し、その婚約者であるマルグレン嬢を害し、帝国の第二皇子も巻き込んで婚約者を得ようなどありえないことだ。
私たち王族は国勢の状況によって必要な縁を結べるようにするため、あえて婚約者を決めていない。この学院を卒業する時に卒業パーティーで婚約発表するのが慣例だ。それを自分の気持ちひとつで決めるなど、なんと浅はかなことか。
「父上はマリアンのわがままを聞くつもりのようだな。なんとか卒業まで国王でいてもらいたいのだが……」
「これで婚約解消されてしまうと、タックス侯爵家が国から離反します」
「ああ、それをわかっているから今までは受け流していたはずだが、クリストファー殿下が現れて判断を誤ったのかもしれない」
側近であるソリアーノ侯爵家の嫡男アベルの言葉に、危機的状況だと現実を突きつけられる。
王家に絶対の忠誠を誓い王家の守護者と呼ばれる五家貴族。結界の守人トライデン公爵家、国境の盾モラクス公爵家、魔術の神タックス侯爵家、導きの叡智ソリアーノ侯爵家、剣の鬼神シュミレイ辺境伯家とはひとつの約束事があった。
それは婚約や婚姻に関しては王家が口を出さないというものだ。もちろん互いに思い合っていて、問題がなければ王族とその五家の間で縁が結ばれることもある。
だが、間違っても王命で婚約を了承させるようなことをしてはいけない。
もしもそんなことをしたら、それぞれの家門の力を使って国から離反してしまう。
それだけの事を過去に先祖たちがやってきたのだ。
婚約者だった五家の令嬢を卒業パーティーで冤罪をきせて追放したり、婚約者がいた令息を王女が見初めて無理やり結婚したのに愛人を囲い虐げた上に離縁したり、まあ、そんなことばかりやらかしてきたのだ。
だからこそ私たち王族は婚約者を決めず、国のために駒として縁を結ぶ道具の役目を果たさなければならない。それが忠誠を誓う代わりに突きつけられた条件なのだから。
叶うなら想いを寄せるあの人と結ばれたいが、期待はしない方がいいだろう。
「ライオネルへ手紙を書く。それから——」
私はただ、自分の役目を果たすことに専念した。
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