第13話 僕だけが呼べる名
今日もハーミリアがかわいかった。
僕の膝の上で一生懸命ランチを頬張る姿が愛しくて、本当に移動の時間すら惜しい。
そうか、移動の時間を短縮すればいいのか?
確か図書室に転移魔法の文献があったはずだ。原理さえわかれば、使えるようになるまで練習すればいい。これで往復の二十分を短縮できる。
あと二十分もハーミリアを堪能できる時間が増えるのか……急を要するな。
「ライオネル様、そんな真面目な顔して、さてはハーミリア様のこと考えてますね?」
「う、なぜわかった」
「いや、昔からそんなに真剣になるのはハーミリア様に対してだけじゃないですか。今度はなにを考えていたんです?」
ジークは机に向かって考え事をしている僕の頭の中を、ズバリと言い当てる。言い返したい気持ちもあるけれど、確かにここまで真剣になれるのはハーミリアに関することだけだ。
「転移魔法を使えるようにしたいと考えていたんだ」
「は!? 転移魔法って、魔法連盟の方でもわずかしか使えない最難高度魔法じゃないですか!?」
「そうなんだが、時間が惜しい。ランチタイムの時間を無駄にしたくない」
「……ランチタイム?」
「とにかく、一日でも早く身につけるために図書室で調べてくる」
「はあ、まあ、頑張ってくださいね。後でお茶持っていきますから」
僕はジークの言葉を背中で受け止めて図書室へ向かった。
侯爵家の図書室には王城の図書室に匹敵するほどの、数万に及ぶさまざまなジャンルの本がある。一般的なものから、秘蔵書と呼ばれるものまで多種多様だ。それは父上が努力しかできない僕のために、集めてくれたものだ。
さすがにすべてに目を通していないが、なにか困難があると図書室にこもって打開策や解決方法を探していた。ハーミリアもよく図書室に来て、一緒に調べ物を手伝ってくれた。
図書室に差し込む日の光を浴びてキラキラと輝く白金色の髪、ふと見上げた時に吸い込まれそうになるアメジストの瞳。真っ直ぐに僕を見つめて、嬉しそうに微笑んでくれるハーミリア。
彼女のためになら、どんなこともできる。彼女こそが僕の生命だ。
図書室へ入り明かりをつけると、ずらりと並んだ蔵書が視界に飛び込んでくる。ジャンルごとにまとめてあるので、僕は魔法関連の棚へと足を進めた。
目当ての本を見つけ、他にも関連のあるものも数冊手に取って図書室の奥に設置されている机に静かに置く。一番上に積まれている本をパラパラとめくっていった。
本には転移魔法は火、水、風、土の四大属性の他に、光属性と闇属性を極めないと使用できないと書かれている。すべての属性をバランスよく操り空間を歪めて移動する魔法だと説明されていた。
「なるほど……そうすると僕の場合は火と光の鍛錬が必要だな」
四大属性の魔法を極めると上級魔法に変化する。火は炎になり、水は氷になり、風は雷になり、土は結界に進化するのだ。炎と雷を極めれば光属性が使えるようになり、氷と結界を極めれば闇属性が使えるようになる。
水属性はもともと得意だったのと、ハーミリアを守りたかったから土属性を極めるのは割と早かった。僕の結界魔法を込めたブレスレットを送るのに必死だったんだ。
「ライオネル様、少し休憩されませんか?」
方向性が決まったところで、ジークがお茶の用意をしてきてくれた。言いたいことをはっきり口にするし、言葉が悪い時もあるけれど優秀なのだ。
「ああ、ちょうどひと休みしようと思っていたんだ」
「読み終えた本は片付けてきますよ」
「ありがとう、助かる。それではこちらに積んであるものを頼めるか」
ジークが淹れてくれたお茶に口をつけて、明日からのスケジュールを頭の中で組み直していく。ハーミリアを送り終わってからが勝負だ。
僕の場合は習得するまでに時間がかかるから、いかに短時間で効率よく魔法の訓練をするか考えてから始めた方が結果的に早く身につく。
「ライオネル様、こんな本を見つけましたよ」
ジークの声に視線を向けると、その手には【恋人の心を繋ぎ止める99の方法】と書かれた本があった。
「恋人の……心を繋ぎ止める……だと!?」
そのタイトルに軽く衝撃を受ける。このような本が屋敷の図書室にあるとは盲点だった。今まで学院で学ぶような書物しか読んでいなかったので、気が付かなかった。
「魔法の本もいいですけど、こういうのもライオネル様には必要じゃないですか?」
「……これは部屋に戻って読む。今日の調べ物はここまでだ」
「承知しました。では私が持っていきますね」
後ろからついてくるジークが笑いを堪えている気配がしたけど、僕はなにも言えずに足速に部屋へと戻ってきた。
私室に戻りソファーに腰を下ろして、目次に目を通すと出会い編から結婚編までの五部構成になっていた。僕とハーミリアはすでに婚約者なので、出会い編は飛ばしてお付き合い初級編のページを開く。
【お付き合い初級編 その①恋人を褒めよう!】
「へえ、これはクリアされてるんじゃないですか?」
「そうだろうか? 僕の気持ちをなるべく言葉にしてるが足りているのだろうか……?」
「うーん、大丈夫じゃないですか? 何事もやりすぎはよくないですよ」
「そうか……では、次だな」
【お付き合い初級編 その②お互いに愛称で呼ぼう!】
「あ、愛称……!!」
「うわー、この本ライオネル様にはちょっと早かったかな」
「いや、そんなことはない! そうだ、学院でも婚約者同士で愛称で呼び合っている者たちもいるのだ。実はずっと羨まし……僕たちもそろそろ頃合いだと思う」
「じゃあ、次のステップはお互いに愛称呼びすることですね」
愛称……ずっと前から決めていた。僕しか口にできない特別な呼び方。
ついに解禁するのか……!!
「ちなみになんてお呼びするんですか?」
「ハーミリアだから……リアと……」
ハーミリアの名を聞いた時からずっと想像していた。てっきり家族になってから親しみを込めて呼ぶものだと我慢していたが、本当は今すぐにでも愛称で呼びたかった。
なんのてらいもなく互いを愛称で呼び合うカップルが羨ましくて仕方なかった。
「いいですね、ハーミリア様にぴったりの愛称です」
「ああ、そうだろう! 可憐で優雅で美しさを表現できる最高の愛称だっ!」
「で、練習しますか?」
「練習?」
ジークの言葉になんのことかと考える。
「ハーミリア様を前にして、いきなり本番で呼べますか?」
「うっ……そ、それは……」
僕のことをよく知るジークの言葉は、グサリと胸に突き刺さる。確かにハーミリアを前にして、愛称で呼べるかと言われたら自信がない。
「ライオネル様、ここはスマートになるまで練習しておいた方がいいですよ。仕方ないから練習に付き合ってあげます」
「ジーク……! 本当に不器用な僕ですまない……!」
仕方ないと言いつつも、その瞳に優しい光が浮かんでいる。ジークはいつもこうやってさりげなく僕を助けてくれるのだ。
「いいですよ、これはこれで面白いですから」
「うん? 面白い?」
「ほら、さっさと練習しましょう。さあ、私をハーミリア様だと思って愛称で呼んでみてください」
「わ、わかった!」
僕は深呼吸して、ずっと胸に秘めていたその愛らしい名を呼ぶ。
「……リ……ア」
「それじゃあ、ハーミリア様が呼ばれたことに気が付きませんよ。もう一度」
「……リ、ァ」
「ライオネル様。照れるのはわかりますが、もう少し頑張ってください」
ジークが容赦なく指摘してくる。だけど言われていることはもっともなので、僕が頑張るしかない。もう顔も耳も、首まで赤くなっているのが鏡を見なくてもわかる。
恥ずかしさのあまり変な汗までかいて、ひとりで火照っている。
「うっ……わかっている。だけど、愛称で呼ぶのがこんなにも羞恥心を刺激するとは思ってもみなかった」
「そうですね、でもライオネル様だけがハーミリア様を愛称で呼べるのです。きっと愛称でハーミリア様をお呼びしたら、周りの男子生徒たちもおふたりの関係が進展していると思うでしょうね」
その言葉に目が覚める思いだった。
あれだけ毎日牽制しても、ハーミリアに対して邪な感情を抱く男子生徒が後を絶たない。それを愛称で呼び合うことで牽制できるなら、使わない手はないのだ。
そしてなによりも、僕だけがハーミリアの愛称を呼べるのだという事実に、優越感が湧き上がる。
「僕だけが……! 牽制にもなる……!」
「そうです。だから頑張ってください」
「そうだな、よし! リ、ア。リア。リア! リアーッ!」
「あはは、いい感じですねー!」
僕はしっかりと練習をして翌日に挑むことにした。
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